第15話 2人の時間


私は朝が弱い。


学校がある日は、いつもお母さんが起こしてくれるから、なんとかハルくんとの登校に間に合っている。


しかし、土日に関してはお願いしないと決して起こしてくれない。なので、今日はもう11時を過ぎていた。


「ふわぁぁぁ。一人で起きれるようにしないとなぁ」


私はパジャマのまま、リビングへと向かう。


「お母さん、朝ごはん〜」 


「もうすぐお昼よ?我慢しなさい」


「はーい」


寝坊したのだから仕方ない。というか、寝坊した日は朝ご飯を作ってくれた試しがない。これも教育の一環なのだろうか。


お腹の虫がおさまらない私は、とりあえず牛乳だけでもと思い、冷蔵庫を開ける。そんな時、母から耳を疑う一言が。


「そういえば、晴翔くんは今日どこに行くの?」


「えっ?今なんて?」


私はどうやらまだ寝ぼけているようだ。

ハルくんが朝から外出だと?そんなまさかぁ。


「朝早くに綺麗な女の人が迎えに来てたよ?たまたま外にいたから挨拶したけど、若いのにしっかりした人だったねぇ」


「綺麗な?女の人?」


私は急いで部屋まで戻ると、すぐさま携帯をチェックした。こんな時役に立つのがSNS。最近のハルくんは、安藤さん、もとい泥棒猫の言い付けで、毎日投稿しているようだ。


どこかに出掛けているのなら、必ず投稿しているはず。


あった!!


『これから撮影です』


この一言とともに、『HARU様控え室』と書かれた張り紙の写真が投稿されていた。


えぇぇぇぇぇ!?

撮影なんて聞いてないよぉぉぉぉ!!!


くそぉ、あの泥棒猫に一言言ってやろうと思ってたのに。酷いよぉ、ハルくん〜。


私が撮影に行ったことを知ってすぐのこと。

ハルくんが、また何か投稿した。


「ぶっ!?」


な、なんだ、この写真は!?

ハルくんのおエロい腹筋が露わになっている。全く、けしからん。私はすぐさま保存した。


この写真のおかげで私の機嫌は上々だったが、この後ある人物の投稿を見つけて、ジェットコースターのように急降下した。



『皆んなー、見てみてー!』


『今日は仕事で、スタジオに行ってたら、なんとHARU様に会いましたー。顔だけじゃなく声もカッコよくて、体もバッキバキで、興奮しました!!』


という言葉に添えて、私のハルくんとのツーショット写真が投稿されていた。


私のハルくんに悪い虫が!!


知らない間に、泥棒猫が増えてるなんて。

あれ?でもこの人誰かに似てる気がする。誰だっけ?


その後、結局思い出すことは出来なかったが、私の心情はそれどころではなかった。私はとりあえずハルくんの帰りを待つことにした。



ーーーーーーーーーー



「今日はありがとねー。また出来上がったら連絡するね」


「今日はありがとうございました。お昼までご馳走になっちゃって」


「いいの、いいの。じゃあねー」


「はい、また」


家の前まで送ってもらった俺は、家に入ろうとしたが立ち止まった。誰かに見られてるような?


不思議に思った俺は、視線を感じる方を見ると、隣の家の窓から香織が顔を覗かせていた。


あの顔は、見るからに機嫌が悪いな。きっと黙って行ったことを怒っているのだろう。玄関に荷物を置いた俺は、香織の家に向かった。


ピンポーン


呼び鈴を鳴らすと、インターホンから声が聞こえた。


「はーい、どちら様?」


「あ、こんにちは、明日香あすかさん」


「あら、晴翔くん。入っていいわよー」


俺が、玄関の扉を開けると、そこには香織を一回り小さくした女性がいた。この人は西城明日香さいじょう あすかさん。背が小さいこと以外は香織にそっくりだ。この見た目で一児の母とは。恐ろしいものだ。


「いらっしゃい晴翔くん。香織は2階に居るから、勝手に上がってちょうだい」


「お邪魔します。じゃあお言葉に甘えて」


俺は、明日香さんから了承を得たが、香織の部屋の前で立ち止まると、ノックをした。


コンッ、コンッ


「どうぞー」


「香織入るぞー」


俺は、一言声をかけてからドアを開けた。すると、そこには布団にくるまり、顔だけ出している香織の姿があった。やばい、マジ可愛い。いやいや、今は我慢だ。すぐにでも愛でたい気持ちを抑えて香織の近くに腰掛ける。


「香織、怒ってる?」


「怒ってます、すっごく」


「ごめんな。黙って行って」


「えっ、あ、あぁ、そっちか。そ、そうだよ、黙っていくなんて酷いじゃないかぁ」


ん?そっち?よくわからなかったが、間違ってないみたいだからいいか。


「だって、恵美さんに会うと、どうせ失礼なこと言うだろう?」


「そんなことしないよ。ちょっと牽制するだけ」


「それをやめなさい」


「ちぇっ、けち!」


ぶー、と頬を膨らませる香織。これをやる時はそこまで怒っていない時だ。じゃあ、一体何に対して怒っているのだろうか?


「機嫌はなおった?」


「ううん。ハルくんや、この子は誰かなぁ?」


香織の顔は笑顔だが、目が全然笑っていない。この時の香織は、かなり機嫌が悪い時だ。この写真で怒っていたのか。この写真は確か、田沢さんって女優さんだったっけ。もうSNSにあげたのか早いな。


「それは、控室に訪ねてきた女優さんで、田沢桃華さんだよ」


「ほほう、彼女を放って女優さんとイチャイチャしてたのか」


「一緒に写真撮っただけだから」


「ふーん。あーあ、最近私の扱いが悪い気がするなぁ」


正妻なのになぁとブツブツ言いながら、こちらをチラチラと見てくる香織。いやいや、正妻って。彼女はあなたしかいませんよ?


「そうだなぁ、明日はお暇ですか?お嬢さん」


「そうねぇ、丁度空いてるかも」


「じゃあ明日はデートしようか」


「うん!!」


なんとか機嫌を戻してくれた香織。香織をぞんざいに扱ったことはないが、確かに最近香織と二人になることも少なくなっていた。明日、存分に楽しんでもらえるように頑張ろう。



ーーーーーーーーーー



「ふん、ふふーん♪♪」


上機嫌の香織と電車に揺られながら、ある場所を目指して移動中の俺達。今日の目的地は水族館である。香織は水族館が大好きで、小さい頃は水族館で働くことが夢だったくらいだ。


香織と水族館に来るのも2年ぶりくらいである。正直俺も楽しみにしている。元々、地元にある小さな水族館だったのだが、リニューアルして結構大きく改修されたらしい。テレビにも取り上げられて、密かに人気を集めている。


『ねぇ、あの二人すっごい美男美女だよ』


『お似合いだよねぇ、私もあんな彼氏欲しいなぁ』


どうやら、誰から見ても香織は美少女のようだ。それが何故だか、とても誇らしく思えた。彼女が誉められるって気分がいいもんだな。俺は、無意識に香織の頭へと手を伸ばす。


「はにゃあぁぁぁぁ」


香織は変な声を出すと、俺の肩に凭れ掛かる。その姿がすごく可愛くて、俺はしばらく香織の頭を撫で続けた。


電車に揺られること20分。


「香織、ここで降りるぞ」


「うにゃ?もうついた?」


結局、ずっと頭を撫で続けた俺と、ずっと凭れ掛かってふやけていた香織。なんだか周りの視線が痛いが、俺達は気にせず電車を降りると、水族館へと向かった。



ーーーーーーーーーー


「ふん、ふふーん♪♪」


今日はハルくんと二人でデートに来ています。最近は二人っきりになる時間も少なくなり少し寂しかった。それに、極めつけはあの田沢桃華とかいう女優とのツーショットだ。私の心はモヤモヤしていた。


しかし、ハルくんと出かけることが決まると、そんな感情はどこかへと行ってしまった。なんだか、私ってチョロい?と思ったが、ハルくん限定なのでいいことにしよう。


『ねぇ、あの二人すっごい美男美女だよ』


『お似合いだよねぇ、私もあんな彼氏欲しいなぁ』


ふふふ、やっぱりハルくんはどこに行っても目立つよねぇ。そんな人が彼氏だなんて、嬉しくてたまらない。ハルくん大好きだよぉ。そんなことを考えていると、私の頭に何かが乗せられた。


なんとハルくんの手が私の頭の上に。そう考えただけで、幸せすぎて変な声が漏れてしまった。


「はにゃあぁぁぁぁ」


私は、身体から力が抜けてしまい、ハルくんの肩へ頭を乗せ、凭れ掛かった。あぁ幸せだにゃぁぁぁ。その後も続くハルくんのなでなでタイムに私は悶絶し続けた。周りからの視線を感じていたが、そんなの気にならないほど、私は有頂天だった。


どれだけの間、時間が経っただろう。このままでは、私は悶えすぎて茹蛸になってしまうよ。そんなとき、頭上から聞き心地の良い目覚ましが聞こえた。


「香織、ここで降りるぞ」


「うにゃ?もうついた?」


あぁ、幸せな時間てすぎるのも早いのねぇ。私は、ハルくんと手を繋いで電車を降りると、目的地の水族館へと向かった。今日はとことん楽しむぞー!

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