王子様、面倒事を拾う
壱
──こんな
ハイトは一人掛
リーヴェクロイツとフローライトの国境際、交易の街・ハンガ。その中心地に程近い場所に店を構えた宿屋の一室。
ヴォルトが押さえたのは、お手頃値段で中々に快適、かつ窓から表通りを眺めることもできる二間続きの角部屋だった。過ごし心地から言っても、敵襲に備えるという点から言っても、これだけ短時間でよくこんなに申し分ない部屋を押さえられたなと感心したハイトである。
──
三人掛
──しかし有能なのは
この宿の前で待ち構えていたヴォルトと合流してこの部屋まで入ったのだが、
恐らく、多分、いや確実に、ヴォルトは己の顔の良さと駄々漏れるれる無駄な
──まぁこいつのことだから、刺されるようなヘマはしてこないと思うんだが。
ヴォルトの無駄に良い顔にはハイトもリーフェも世話になっている。無駄に良い顔が有効活用されるのは良いことだ。だがその顔が原因で自分達が恨みを買うような事態にはなりたくない。これがハイトとリーフェの共通認識である。
──そう思うと、こっちは『無駄』じゃない美人さんだよな。
ひとしきり身内に対する失礼な物思いを巡らせたハイトは、自分の前に置かれた紅茶の
先程出会ったばかりの少女は、無鉄砲なまま無頼漢に
後ろで一つに
「? どうかした?」
ハイトの視線に気付いたサラが顔を上げて真っ直ぐにハイトを見上げる。意志の強さに煌めく琥珀の瞳は、出会ったばかりの男の視線を受けても一切物怖じしていない。
「……いや? 何でもないが」
──『真珠』やら『月の精霊』に
サラの瞳が煌めくだけで、繊細な美貌から受ける儚げな印象がガラリと変わる。強い意志と深い知性、何より好奇心に輝く瞳は、サラの中にある芯の強さを思わせた。花や宝石に喩えるには苛烈すぎる、嵐や炎を内包しているかのような美しさだ。
「悪ぃな、お嬢さん。俺達はあんまり紅茶にも、紅茶を
ハイトがそんな物思いに
「俺達はアクアエリアの出身なんだが、アクアエリアで日常的に飲まれてるのは緑茶でな。こんなに甘い茶には縁がないんだわ」
噴き出しそうになった紅茶を無理矢理飲み込んだせいで
「? 紅茶は元から甘い物ではないわ」
一人で噎せながらそんな事を思うハイトの向こうでサラが不思議そうに小首を
「そうなのか? でも俺が今まで飲んできた紅茶は皆……」
「そりゃあそうだよ。ヴォルトのお茶には僕がいつも砂糖を大量投入してるからね」
「はぁ!? おまっ、何でわざわざそんな事してんだよっ!?」
「え? だってヴォルト、甘い物好きでしょう?」
「限度ってもんがあるだろうがっ! 限度ってもんがっ! お前毎回俺が甘すぎる紅茶に悶絶してるの気付いてただろ絶対!」
「いやぁ、てっきり喜んでるのかと」
「確信犯だろお前っ!」
ほけほけと笑うリーフェに思わずといった体でヴォルトは手を伸ばす。だがリーフェに掴み掛かった手はリーフェが器用にヴォルトの手を避けたせいで見事に宙を掻いた。
「……お前ら」
ハイトは思わずガックリ
その瞬間、クスッという微かな笑い声がハイトの
「……こいつらが騒々しくて済まない」
「いいの。フフッ、やり取りがコミカルでおかしくって」
「いつもこんな感じなの?」
「……今日はまだ、静かな方だな」
「うらやましいわ。何でも素直に言い合える間柄って」
苦虫を噛み締めながらも正直に答えると、サラは軽やかに言葉を続けた。何の含みも感じられない、心底本音だと分かる明るい声音で紡がれた言葉に、ハイトは思わず目を
──そんな風に
ハイトにとってリーフェとヴォルトは『御学友』や『従者』『専属護衛』という間柄を越えた存在だ。幼い頃から共にあり、もはや家族以上に『身内』と呼べる存在でもある。それこそ家出を決行した時、二人は一緒に来て当然だと信じて疑わなかった……というよりも、この二人が付いて来ないという状況を一切考えなかったくらいには。
「……まぁ、確かに、……
出会って間もないサラに二人との関係をそう言ってもらえたことが、何だか無性に嬉しかった。
だが。
「おいハイトっ! お前からも何か言ってやれっ!!」
「僕はヴォルトの好みを反映しただけだよ。僕って気が利くよねぇ、ハイト」
──いや、やっぱり
やはり漫才は時と場合を選んでやってほしい。
思わず真顔に戻ってそう結論付けたハイトは、小さく溜め息を
「お前ら、今議論すべき所はそこじゃないだろ」
「えぇ~っ!? 重要な問題じゃない!」
「……リーフェ、お前忘れてないだろうな?」
本気で抗議してくるリーフェに若干の不安を感じたハイトは、思わず問いを口にしていた。
ここへはサラ達へ落ち着いて事情を説明するためにやってきたはず。
ついでに言うと、実はハイトもあの場で無頼漢に絡まれていた娘を救わなければならなかった事情を知らない。あの騒ぎを見たリーフェが何の前触れもなくヴォルトに宿の手配を命じ、ハイトをあの場に突き飛ばしたからそう行動しただけなのだ。
リーフェがやることならば必ず意味があるはずだと思って行動したし、サラにはそのように一旦説明をした。
全てはリーフェを信頼しているからこそ。
だというのにそんなハイトの前でリーフェは首を傾げる。
「え? 何を?」
「……」
──『何を?』じゃねぇよっ!!
ある意味予想通りだった反応にハイトは思わず頭を抱えた。胸の内で荒れ狂う罵詈雑言を必死に噛み殺しながらも、噛み殺し切れなかった一部がポロリと口の端から漏れていく。
「こンの天然字引……っ!!」
普通忘れるだろうか。一切説明なく主君を争い事の渦中に突き飛ばし、一言『あの
いや、リーフェがこういう性格だということは知っている。嫌になるくらい、そりゃあもう重々承知している。何せこの天然に一番振り回されているのは自分で、こいつに『アクアエリアの天然字引』という
だが知っていても慣れないものは慣れないし、毎度頭は律儀に痛む。自分達以外の人間も巻き込んでいる今回のような場面は特に。
「ヴォルト」
「残念ながら」
「……『他国の領土で厄介事を引き起こしてでも、人助けをしなくちゃいけない理由』があったんじゃなかったの?」
さすがのサラもこの状況には笑いも起きないようだった。じっとりと
「あることにはあった。というか、あるんだと説明されていた。だがその内容を俺達は知らない」
仕方なくハイトは苦し
──これで本っ当に思い出せなかったら
完全に忘れたということはさすがにないはずだ。『アクアエリア第二王子の
ただ性格がちゃらんぽらんで重度の天然であるだけで。地頭の良さならば間違いなく才人であるはずなのに、その性格の突拍子のなさから『賢者』やら『智者』という称号から縁が断絶していると言われているくらいには。
──ここで理由の説明が出来なかったら、俺達三人揃って若い娘さんを
ヴォルトと二人揃って『頼むからさっさと思い出せっ!!』『いいからとにかく思い出せっ!!』と殺意を載せた視線を送ること数秒。
「ああ、思い出した思い出した!」
『そろそろ胃に穴が開きそうだ』と思い始めた頃、リーフェはパッと顔を輝かせると嬉しそうにポンッと手を打った。そのままリーフェは
だがリーフェはそんな
娘の
「
核心を突く、というよりも、核心を貫いて跡形もなく粉砕するような衝撃を
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