第十二話

「はっ!?」

 数秒のち我に返った二階堂は、座っていたデスクチェアからずり落ちかけながら「えっ! なんでオレ!?」と叫んだ。

「何でって、体張ってくれるんだよね?」

 志朗が追い打ちをかける。

「いやいやいやいや、いや張りますけども! 張り方!」

「二階堂くん、めちゃくちゃ憑依される体質でしょ。だからキミが604号室に行って、桃花ちゃんをくっつけてくるというのでどうかな、と……」

「そんなことできるんすか!? てかまず桃花ちゃん、オレみたいなよく知らんやつのとこに来ます!?」

「大丈夫、二階堂くん子供に好かれるし、そこは来るように工夫しますし。ねぇ、鬼頭さん」

 鬼頭がこくこくとうなずき、メモ帳に『わたしもそれが現状ベストだと思います。お願いします』と書いて突き出した。

「鬼頭さんがそうおっしゃるなら、私からもお願いします」

 美苗もそう言って頭を下げる。

「な、内藤さんに言われるとな……うーん」

 歯切れの悪い二階堂に、志朗が「そんなに危ないことにはならないと思うなぁ」と言った。

「マジすか?」

「まぁ、何かあったら部屋から出たらいいわけで」

「そんなんでいいんすか? うーん、じゃあ……」

「あっじゃあ決定の方向でいい? 二階堂くんオッケー出た? ていうかこれさすがに通常業務外だよね? この物件関連の案件だから管理会社に請求書送ったらいい? 二階堂くんいつ時間とれる?」

「次々聞かないでくださいよ! 流されちゃうから! ……よ、嫁に……嫁に電話していいすか……」

「そんな今生の別れみたいなこと、せんでもええよ」

「二階堂さん、結婚してたんですか!?」

 そんな場合じゃないと思いつつも、黒木は驚いてしまう。

「そこそんな驚くとこっすか!?」

「いやほら、二階堂さん若いし、なんていうか……なんかショックだな……」

「なんかショック、わかる」

 志朗がうなずく。「で、黒木くんも二階堂くんと一緒に604号室に入ってください」

「はい!?」

「二階堂くん、憑依されたら動けなくなっちゃうかもしれないから、そうなったら抱えて出てきてほしいんだよね」

「まぁそれは……二階堂さんくらいの体格の人なら持ち上げられるとは思いますが」

 と言いながら、黒木は席を立って電話をかけ始めた二階堂を見た。以前抱き上げて運んだことのある志朗よりも小柄だから、さほど苦もなく持ち運べるだろうとは思う。本人が暴れたら話は別だが。

「あの志朗さん、俺自身は大丈夫でしょうか……?」

「前、加賀美さんにもらった御札が残ってるから大丈夫でしょ。アテにしとるよ」

 黒木が動揺しているところに、電話を切った二階堂が、「がんばれって……」と言いながら戻ってきた。

「おっ、奥さん? 鶴の一声じゃなぁ」

「マジで頼みますよ!? ちゃんとサポートしてくださいよ!?」

「うん、その辺なんかこう……アレだ、いい感じにするからさ〜大丈夫大丈夫」

「すごいフワッとしてるじゃないすか!」

 鬼頭が志朗の腕をトントンと叩き、また呼吸の音だけで何事かを話しかけた。志朗は黙って聞いていたが、少し考えてから「うーん、大丈夫ですよ。なんとかなるでしょ」と答えた。

「なん、何の話すか!?」

「いやいや、大丈夫大丈夫。ボクの話だから二階堂くんはそんな、ちょっと関係あるかもだけど」

「もおおおおお」


 ともかくも打ち合わせを終え、美苗は何度もお辞儀をして帰宅した。

「桃花のところに行かないと。皆さん、本当にありがとうございます。よろしくお願いします」

「わっ、わっかりました!」

 すでに緊張の面持ちの二階堂に、「今からそれじゃ保たないよ」と志朗が笑いながら声をかける。決行は明日の午前と決まっていた。

「二階堂さん大丈夫ですか?」

 黒木が尋ねると、二階堂は「だ、大丈夫っす」とうなずいた。

「オレも美苗さんや桃花ちゃんの力になれるんだったらなりたいですし。つーかうちも娘いるんで、めちゃくちゃ気になるんすよ」

「娘いるんですか二階堂さん!?」

 驚いている黒木の横で、鬼頭がメモに何事か書きつけた。

『わたしも帰ります。大丈夫。みんなでやればきっと上手くいきます』

 そう書いた紙を顔の前に出す。それから呼気だけで何か言った後、お辞儀をしてマンションを出て行った。

「鬼頭さん、最後何て言ってたんすか?」

 二階堂が志朗に尋ねる。志朗は「褒められた」と答えて笑った。

「シロさん、人にものを頼むのが上手ですねって。嫌味じゃないんだよ。鬼頭さんが声出なくなったの、ひとりで頑張り過ぎたからだからね。じゃあボクもやることがあるんで失礼します」

 志朗はそう言うと、慣れた足取りでエレベーターの方に歩いていった。

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