第七話

「人柱って……なんていうか、工事の成功を祈って人間を埋めるみたいなやつでしたっけ? 橋のたもととかそういう……」

 曖昧な記憶をたどりながら黒木が言うと、二階堂が「まーそんな感じのやつっすね」とうなずいた。

「それって、人形でいいものなんですかね?」

「うーん、二十年くらい人間扱いされてきた超リアル人形っすからね。何かと話が違うんじゃないすかね……」

 そのとき突然、場違いなエレキギターの音が室内に響き渡った。二階堂が「うわ」と声を漏らす。

「ちょっとぉシロさん! 何すか急に」

「ごめーん、ちょっとラジオつけさせて」

 そう言いながら、志朗は自分のスマートフォンをテーブルの上に置いた。

「何でまた」

「気分」

 志朗は涼しい顔をしている。

 突然のことに驚きはしたものの、黒木は正直ほっとしていた。さっきから二階堂の話の合間に、時々出所不明の「こつん」という音が聞こえるのだ。なんということはない音だが、なんとなく気味が悪かった。イントロを終えてボーカルが歌い始める。およそ今の話題には似合わない明るい曲だ。

「まぁ、それじゃ続き行きますけども……」

 二階堂が怪訝な顔をしながらも、話を続ける。

「とにかくアレっすわ、曰く付きの人形を取り除かずに、むしろ家の守り神にしちゃえってことなんすかね。埋めた真上の部屋に祭壇を作って祀ってたそうで――という話は、実は黒木さんも前に会ったオバちゃんから聞けました」

「ああ、あのいきなり話しかけてきた人」

「そっす。なんでも昔家政婦やってて、井戸家に出入りしてたらしいんすよね。あの人今でもたま~にこの辺に来て、入居者さんとかお客さんとかに話しかけるんすよ。気になるのはわかるけど、オレんとこに苦情くるんだよな〜」

 とぼやきつつ、二階堂はファイルをめくる。七十代の女性に聞いた旨と、「護摩壇のようなもの? 宗派不明。お菓子や女児用のおもちゃなどのお供え物があった」といった情報が並べられている。

「これで家の守り神になった――ってことですかね?」

「いやDIY感スゲーなって感じっすわ。ただこのやり方で――」

『こつん』

 黒木は二階堂と顔を見合わせた。

 音がしたのは志朗のスマートフォンである。曲の拍子をとるように、スピーカーからまた『こつん、こつん』と音が鳴った。

 二階堂の顔には(黒木さんにも聞こえましたよね)と書いてある。おそらく自分の顔にも同じようなことが書いてあるだろう、と黒木は思った。そのとき、志朗が手を伸ばしてラジオを切った。

「ごめんごめん、やっぱナシで。あ、二階堂くん、続けてくれる?」

「あ……は、ハイ」

 二階堂がぎこちなくうなずいた。

「え、えーと……で、このDIY守り神が効いたのかはわかんないんすけど、実際井戸家は二十年近くもったどころか、羽振りはよくなるし子宝には恵まれるしってんでテンアゲだったらしいっすね。だからご利益はあったのかもしれないんすけど、この後一家全滅するんすよ」

「すごい急展開ですね……」

「っすよねー。えーと、昭和五十六年か。これはばっちり新聞に載ってますね。なにせ一家心中事件っすから。結構騒ぎになってて、この時の資料が一番多いっす。週刊誌で特集組まれてたりとか……」

 と言いながら、また一冊まるごと古い週刊誌を取り出す。表紙にはでかでかと「謎の一家心中に迫る! 背後にカルト教団の影か」という見出しが躍っている。

「カルトってのがまぁ、あのDIY守り神のことじゃないすかね。当時十四人もいた住人が全員亡くなってんすよ。例の当主――井戸丈彦いど たけひこっていう名前なんですが――その人が突然食事に青酸カリを入れて十一人を毒殺、遅れて帰宅した二人をそれぞれ撲殺して、自分は祭壇のある部屋で死んでたって、まぁこの雑誌によるとそういうことになってます。ただこの丈彦氏の死因が謎のままになってるというか、どう見ても自然死らしいというんでとにかく謎なんすよね。状況証拠からいってこの人が実行犯なのは間違いないらしいんすけど」

「またえらい事件ですね……そりゃマスコミが騒ぐわけだ」

「っすよねー。ま、とにかくこれで井戸家は空き家になったわけっす。それからも何回か人が入れ替わってはいるんですが、どこも長続きしてないっすね。あと死者が多くって。この家で亡くなった人の死亡広告、集められるだけ集めてみたんすけど」

 黒木はファイルをめくる。何十年も経てば、家の中で誰かが亡くなるのは十分ありうることだ。とはいえ、二階堂が収集したという死亡記事の切り抜きの多さは尋常でなかった。およそ三十年の間に十人以上が亡くなっている。老人が多いようだが、子供や三十代、四十代の死者も出ている。死亡広告が出ていないケースも考えると、もっと多いかもしれない。見ているだけで、黒木は背筋がざわざわしてくるような気がした。

「で、この『井戸の家』に最後に住んでたのが、内藤・三輪坂家っす。二世帯で住んでたみたいっすね」

 二階堂が新聞記事のコピーを示す。黒々としたゴシック体が「住宅火災・住民二名死亡」という悲惨な事件を報じていた。

「この事件で『井戸の家』は半焼、生き残った住人がここを売って、一旦更地になったんす。で、また新しい家が建ったんすけどそれも取り壊されて、また更地になったついでに周囲の土地も地上げしてから建てられたのが――」

「ここですか」

 黒木の一言に、二階堂が「そう!」と反応した。

「つまりこのサンパルト境町が建っているというわけっす」

「すごい曰く付きじゃないですか……」

「ですよねー。しかも例のDIY守り神様、まだここの下に埋まってんすよ。今更下手に動かせないっていうんで、わざとそうしてるんす」

 黒木はだんだん気が遠くなってきた。二階堂の話が本当だとすれば、異様な死者の多さに加えて不穏な「守り神」もどきの存在――とんでもないところに通っていたものである。

 そのとき志朗が「もういいかな」と呟いた。

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