勇者の出陣
店の前で勇さんを見送った鈴木さんが戻ってきた。
「マスター、勇さん、やっぱり仕事ですか」
石田さんが尋ねる。
「勇者は大変ですね」
鈴木さんの言葉に石田さんは大きくうなづいて言う。
「冒険して来い、伝説の剣を探して来い、敵を倒して来い。王様に命じられるままだ」
「その点、酒場の主なんて気楽なもんですよ」
鈴木さんが苦笑いを浮かべる。
「ですかねぇ。酒場の主も吟遊詩人も学徒も、みんな、それぞれ闘いがありますから」
吟遊詩人とはフリーライターである自らのことを指しているのだろう。もちろん、学徒とは高校生である僕のことだ。
「美味しかったですよ。【ゴブリンの目玉 竜の皮膚の包み揚げと包み蒸し ゴブリンの爪を添えて】」
僕も「はい、おいしかったです」と伝えた。
「さすが石田さんです。言葉のプロは違う」
「それを言うなら、さすがは鈴木さんですよ。やっぱり料理のプロは違うなぁ。瞬時にこんな美味いもの思いついて、形にしちゃうんだから」
ね、と石田さんは僕のほうを見た。大きくうなづいてから僕は質問をぶつける。
「でも、ドラゴンの皮膚とゴブリンの爪の正体って、なんなんですか?」
「皮膚は、バナナの葉っぱじゃないでしょうか。タイ料理で使うんです。爪はタイの玉ねぎ、ホムデンでしょうかねぇ」
「そうか、勇さん、タイに出張でしたもんね」
はしゃいだように石田さんが言った。
背広を身にまとった勇者は異国の地から帰ってきたというわけだったらしい。
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けだるそうにスーツ姿のオジサンが歩いてきた。険しい顔をしているので、最初、その人が勇さんだとは気付かなかった。勇さんは自動販売機の前で足を止めた。
まさか……
そのとき、ケータイが震えた。
画面に目をやると、知らない番号だった。フリーダイヤルだから、どうせ勧誘だろう。お金を持っていない高校生にセールスなどしても無駄なだけなのに。
仕事とはいえ、ご苦労なことだ。
顔をあげた。勇さんの姿は消えていた。
まさか……
本当に異世界への扉が……
公衆トイレから勇さんが出てきた。
そうだよな、異世界なんかあるわけがない。扉なんてあるわけがない。もし、あったとしても、こんな場所になんかあるはずがない。
勇さんの手は何度もコイン投入口と財布との間を往復した。もしかすると、つり銭切れを解消するために、あえて小銭を入れてあげているのかもしれない。
だとしたら、なんだかおかしい。
勇さんが右下のボタンを押したのが見えた。
あれは確か、小瓶で二〇〇円もする栄養ドリンクのボタンだ。
勇者は闘いに行くらしい。
(了)
オッサンは勇者だとのたまうが アカニシンノカイ @scarlet-students
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