第46話 兄からの助言
式典は、大成功に終わったようだった。特に誰かに聞かなくてもそう察したのは、国民の大歓声が離宮にあるクレアの部屋にも聞こえてきたからだ。
(国民に応えるヴィークの姿を少し見てみたかった気がするわ)
クレアはそう思いつつも、留学生としてパフィート国でしっかり学ばなければ、と気を引き締め、王立学校で使用するテキストを開いた。
一度目の人生で思ったことは、パフィート国の教育レベルは非常に高いということだった。あらゆる分野でスペシャリストが多い大国だけあって、その裾野の広さをカバーできるだけの教育システムや施設が整っている。
前回、クレアはヴィークの計らいで特別プログラムを組んでもらっていたが、実はそのような学生は1人だけではない。才能に応じた進路を選べるところがノストン国との大きな違いだとクレアは感じていた。
(前回は魔術師に身を守る魔法を中心に教えてもらっていたけれど、今回は浄化以外の癒しの魔法も使えるようになりたいわ)
クレアには、仮に最悪の未来を繰り返すことになっても自分が絶対にシャーロットをなんとかする、そういう思いもあった。
「絶対に、同じ轍は踏まないわ」
遠くからかすかに聞こえる式典の余韻を胸に、クレアは呟いた。
―――――
3日後。ノストン国への帰国を控えたオスカーが、クレアの部屋を訪ねて来ていた。
「次に会えるのは、二年後か。……きっかけは不本意だったかもしれないが、腐らずにパフィート国でしっかり学んでくるのだぞ」
「はい、お兄様」
兄オスカーの言葉に、クレアははきはきと返事をした。異国に残すことになった妹に向かってオスカーはあえて激励の言葉をかけたが、リビングの隅にある机には王立学校で使うテキストや分厚い本が既に開いた状態で置かれていることに気が付いていた。
ソファに座ったまま、部屋の隅の机から視線をクレアに戻したオスカーは言う。
「実は、父上からパフィート国行きを命じられたお前に、どう接したらいいのか少し迷っていたのだ」
「……お兄様」
「魔力の色こそ国から求められるものではなかったかもしれない。しかし、お前の聡明さはそれを補ってなお余りあるものだ。残念だが、その部分はシャーロットでは代わりにならないだろう。妹ながら、羨ましいと思うことすらあった。……しかし、洗礼式後にクレアが周囲からの扱いを反論せずに受け入れるようならそれまでと思っていた。だがこうして、パフィート国で明るく前に進もうとしていることを、兄として本当に誇りに思っている」
クレアは、先の世界では優しかった兄オスカーが急に冷たくなったことがただ悲しかった。そのため、今回の人生では兄の前では絶対に泣くまいと思っていた。しかし、目に溜まった涙は溢れてどんどんこぼれていく。
(お兄様はそんなことを考えていたのね。何も知らずに、私……)
クレアは、シャーロットが何らかの力を使ってアスベルトやオスカーの心をコントロールしていることを、リュイに聞いて知ってはいた。
しかし、二度目の人生をスタートした後も、その歪みに引っかかる原因が自分にあったことは気が付かずにいたのだった。
オスカーは目を真っ赤にして堪えているクレアの隣に座り直し、優しく頭を撫でて言う。
「私は、変わらずクレアに期待しているぞ。……随分、大人になったな」
「ありが……とうございます、お兄様……」
クレアは込み上げる嗚咽で、そう答えるのがやっとだった。
クレアが少し落ち着いてきたところで、オスカーが言う。
「ところで、先日の夜会でヴィーク殿下と直接話す機会があった。彼はまだ15歳だが、国内外から非常に評価が高い。私も、実際に話してみて優秀な人物との印象を受けた。王立学校で一緒にいれば学ぶことも多いだろう。機会があれば、お助けするように」
オスカーの目には、あわよくばマルティーノ家から2つの王家に正妃を送り出したい、という願望が透けて見える。
(……お兄様ったら。感動が台無しだわ)
「はい」
クレアはクスクスっと笑いそうになるのを我慢して残った涙を拭い、微笑んで返事をした。
マルティーノ公爵家の次期当主として野望を隠さないオスカーは、さらに続ける。
「この国には、第二王子にオズワルド殿下もいらっしゃる。評判によると、パフィート国王は後継者としてヴィーク殿下以外ありえないとお考えだそうだ。しかし、一部にはオズワルド殿下を推す声があるのも事実らしい。巻き込まれないよう、うまく立ち回るように」
「……それは事実でしょうか?」
気になっていた人物の名前が出たことに、クレアは思わず聞き返す。
「なんだ。やはり少し気が付いていたのか。……大国といえど、革命の火は燻っているらしいな。王朝の交代は無理でも、せめて実権を握りたいと考えている貴族がいるということだろう。オズワルド殿下なら、優秀すぎるヴィーク殿下より御しやすいとな。事態が動くのはそう遠い未来ではないとする者もいるようだ。まぁ、クレアなら抜かりなく切り抜けられるだろう」
(……!)
心当たりに、クレアは息を呑んだ。
「お兄様、情報をありがとうございます。気を付けますわ」
―――――
その夜、クレアの私室の窓がコンコンと叩かれた。
「……」
クレアは特に驚かない。
窓辺に向かい、重いカーテンを掴んで窓をあける。そこには、予想通りヴィークがいた。
「……驚かないのか?」
あまりに慣れた仕草のクレアに、ヴィークの方が面食らった様子だ。
「ええ。殿下のことですから、そろそろいらっしゃる頃かなと思っていました。次からも内廊下ではなく窓から来ていただけると助かりますわ。……中へどうぞ」
「王子に窓から来いというのは、貴女ぐらいだ」
「ふふっ」
クレアは微笑んで、テーブルに置いてあるティーセットでお茶を淹れた。
「……ノストン国のアスベルト殿下も」
「ええ」
「アスベルト殿下も、こうして窓から遊びに?」
クレアは目を丸くする。
「……まさか。あの方は、そのようなことはなさいませんわ」
「では、俺も玄関から来る」
拗ねたような表情で言うヴィークを、昼間、他人を見る目が厳しい兄オスカーがべた褒めしていた相手とはどうしても思えず、クレアは笑った。
「違うのです。小さい頃こそ仲良く遊んでいましたが、大きくなってからはお世辞にも仲良しとは。……本当に、アスベルト殿下は妹とお似合いですわ」
「……そうか」
しばしの沈黙の後、ヴィークが言う。
「今度、執務室に遊びに来るといい」
「執務室に、遊びに、でしょうか?」
クレアは聞き返す。
「ああ。俺だけではなく、リュイたちも大体いるぞ」
なんとなく歯切れの悪いヴィークの口調に、リュイから『名前呼び捨て』の件を確認されたのだとクレアは悟った。
「うれしいですわ」
クレアは、目を輝かせる。
「そうか。……ならこれを」
ホッとしたような表情を見せたヴィークは、懐から見覚えがあるチェーンを取り出した。
(……これは!)
「これがあれば、王宮内のみならずパフィート国内は全部フリーパスだ」
ヴィークが取り出して掲げたのは、紋章が刻印された、あの懐中時計だった。
「……ありがとうございます。お借りします」
実はセーブデータを読み込む際、クレアが心残りだったのはこの懐中時計だった。もし、未来でヴィーク達との繋がりを作れなかったとしても、せめて思い出としてこの時計が欲しかった。もちろん、それは叶わなかったのだが。
懐かしい繋がりに、クレアは手が震える。
「ただし、条件がある」
「……?」
首を傾げるクレアから目を逸らし、照れを隠すようにヴィークは言った。
「条件は、今後俺たち4人のことは友人と思って接することだ。……敬称も禁止だ。いいな」
(……!)
「……お友達になれてうれしいですわ、ヴィーク」
クレアは、赤くなってそっぽを向いているヴィークに満面の笑みで返した。
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