第40話 ロード

「どういうことでしょうか」


(……そう来たか)


 結婚を承諾しない、というノストン国王の反応をヴィークは決して予想していなかったわけではない。ノストン国のような小国は、能力が高いものが王家に1人いるだけで国内外の勢力図が大きく変わる。


 しかし、誇り高き国王が価値を見出せずに一旦手放した原石にすがることはしないとヴィークは確信していたはずだった。


 だが、裏でシャーロットが小細工しているとすれば話は別だ。


「そちらのクレア嬢は、我が国の名門・マルティーノ家が誇る女傑だ。そう易々と渡すわけにはいかない」

「クレア、急に出て行ったりして何が気に入らなかったんだ。」


 ノストン国王とベンジャミンが口々に言う。


 2人を見つめるヴィークの瞳からは、軽蔑が感じられ、友好の色はすっかり消え失せている。このままでは円満に収まらない、そう悟ったクレアは覚悟を決めた。


「……国王陛下、マルティーノ公。お久しぶりにございます」

「クレア。お父様とは呼んでくれないのか」


 ベンジャミンの言葉を無視してクレアは国王に向き直る。小さい頃から知っている国王だが、意見をするのは生まれて初めてのことだ。クレアは自分を奮い立たせるように令嬢らしさを意識する。


「陛下。パフィート国には、ノストン国以上に優秀な魔術師がたくさんおります。軍の規模も、数十倍以上の桁違い。私だけをこの国に留めることに、何のメリットがあるのでしょうか。それに、私だって状況に合わせて都合よく精霊の力は借りられないですわ。それよりも、両国の友好関係を築くことが重要かと」

「そ、それは……」


 都合よく精霊の力を借りられない、というのは暗に自分を追放したノストン国のために動く気はない、ということだ。その意味に気が付いた国王とベンジャミンは、急に静かになってしまった。


(シャーロット嬢に干渉されてしまってはいるが、そこまで強力なものではないようだな)


 ノストン国王の反応を見たヴィークは安心する。


「えっ? なんで? さっき、約束してくださったじゃない。お姉さまと、私の婚約者を入れ替えてくれるって。ねえ、お父様!」

 2人の後ろでは、シャーロットが懲りずに吠えている。



「シャーロット、もう無理だ。あきらめなさい」

「いやよ! 私はあのカッコイイ王子様が欲しいのに!!」


「……重ね重ね、申し訳ない」


 アスベルトが再度謝罪をしようとしたとき、それは起こった。


 いつもの愛らしさが失われ、邪悪な顔をしたシャーロットから強烈な光が放たれる。


(…これは、白の魔法だ)


 クレアは直感的にそう思った。と同時に、イーアスの街でのリュイとの会話を思い出す。


『王宮に到着したら、ヴィークの加護を解かなければいけない』


(……今、ヴィークに加護は……!)


 クレアが振り返るのと、リュイが何かを唱えるのはほぼ同時だった。


 夜会の会場全体が昼間のように一瞬白く輝いた後、その光は全てリュイに吸収された。


 光を吸収しきったリュイは、片足を引きずり、息も絶え絶えに倒れこむ。


「……リュイ!!」


 クレアとドニは同時にリュイに駆け寄り、キースは瞬時にヴィークの前に出て剣を構えた。


「今のはどういうことなのかご説明いただこうか。ノストン国王」


 ノストン国王を見下ろすヴィークの眼光は鋭く、恐ろしさを感じさせる。声にはこれ以上ない怒りの感情が含まれていた。


「何……今の。私の、魔法を、無効化、するなんて」


 シャーロットは息を切らして呆然としている。


「衛兵、その者を捕らえよ」


 事態を把握し、青ざめた顔のノストン国王が震える声で指示を出す。


「ちょっと、どういうこと? なんで私が! お父様! 離して!!」


 シャーロットは衛兵に抱えられて出ていった。


「リュイ……」


 クレアはドニに抱きかかえられたリュイの手を強く握る。気を失っていて反応はない。顔は真っ白く、血の気が引いていた。


「恐らく、魔力切れと過剰排出を起こしてる。リュイの出生地であるパフィート国の高位聖女にできるだけ早く治療してもらわないと、予後は刻一刻と悪くなる」


 額に汗を浮かべたドニが、切羽詰まった様子で言う。


「すぐに帰るぞ。準備を、キース」

「御意」


 キースは返事をしきらないうちに、夜会の会場から飛び出していった。


 しかし、すぐに帰ると言っても現実的には無理だった。パフィート国へは、休まずに馬を飛ばし続けても2日半はかかる。ドニの焦り具合から見ると、それが絶望的な数字だということはクレアにも分かった。


「……ヴィーク、キースに何か書置きがあればすぐにアスベルト殿下に預けて」


「どういうことだ」

「アスベルト殿下、私たちは先に出るけれど、残ったキースや侍従たちのことを貴方にお任せしていいかしら。友人として、責任を持って絶対に帰して」


「も、もちろんだ。だが何を……」


 クレアのあまりに強いまなざしと言葉に、アスベルトは気圧されて答えた。


「リュイには時間がないわ。パフィート国の王宮まで、転移魔法を使う」

「この距離をか!?扉もない。いくらクレアでもそれは無理だ」

「4人なら魔力切れせずにギリギリ行けるわ」


 言い終えないうちに、クレアは体の表面に魔力を満たし始める。


「少しだけど僕も手伝う」


 ドニがクレアの肩に手をのせる。流れ込んだ魔力にはドニの感情も乗っていて、クレアは歯を食いしばった。


(……王宮の、高位聖女がいるところまで)


「精霊よ、我の魔力と引き換えに、この身を運べ」


 キィィィン……


「これは、現実か……」


 アスベルトが放心して、膝をつく。


 クレアが唱えた瞬間、4人は夜会の会場から跡形もなく、消えた。


 ―――――


 3日後。


 クレアは王宮の教会にある、高位聖女の間を訪れていた。


「こんにちは、クレア様」

「こんにちは、高位聖女様。リュイの様子はいかがですか?」


「まだ眠ったままです。かなり無理をしたみたいだから、しばらくは目覚めないと思います。……でもね、生きて戻ったことが奇跡なのよ」


 クレアは謝意を表すために弱々しく微笑んでから、俯いた。


 ノストン国から転移魔法で戻ってすぐ、リュイは高位聖女の治療を受けることができた。しかし、今のところ思わしくない状態が続いている。


 リュイが使った魔法は、攻撃を反射するものではなく、自分の身に集約させて無効化するという性質のものだったらしい。


 リュイならシャーロットの魔法を跳ね返せただろうが、そうすると被害が出る。リュイはあの一瞬で両国の関係を考え、自分を犠牲にすることを選択したのだろう。


 それを思うと、クレアは胸が張り裂けそうだった。


(リュイ……)


 クレアはリュイの寝台の横に跪き、眠ったままの彼女の手を両手で包んだ。


 そして、さっき執務室でヴィークに聞いた話を思い出す。


「クレアの転移魔法を目の前で見た国王が、キース達をパフィート国に帰す条件としてクレアの身柄を受け渡すことを求めたようだ。それに反対したアスベルト殿下が私設騎士団を動かし、一行をフラターンの砦まで援護してくれているらしい。無事に帰って来られるとは思うが……俺の落ち度だ。両国の関係は厳しいものになってしまったな。さらに、ノストン国では国王に対するクーデターの噂も流れている」


「リュイは無事だが、無事に回復したとしても後遺症は残るだろう。これまで通りというわけには行かないだろうな。元々、リュイの父上は女性であるリュイが近衛騎士の任に就くことに反対だった。……王宮を去ることになるかもしれぬ」


(大好きだった……この国の風景が壊れてしまうわ)

(幸せが壊れる前に戻れたらいいのに)


 涙が零れそうになったとき、ある会話がクレアの脳裏にフラッシュバックした。


『あれっ? みなみ、まだプレイしてないの? アスベルト様ルートのデータ』


『なぜかプレイする気にならないんだよね』


「……!」


 クレアは思い出した。


 この世界をゲームの世界だと認識させる、あの不思議な夢のことを。


(もし、あの夢で見ているものがすべて本当のことだとしたら)


「セーブデータをプレイすれば、15歳前に戻れる……?」


 クレアは、自分がどうしてこんなに重要なことを忘れていたのか不思議でならなかった。


 あの夢をはじめて見たのは、王立貴族学院を追われた夜だった。恐らく、向こうの世界で言う『ゲーム』のシナリオから外れたことが原因だろう。


 2回目は、リンデル島で洗礼を受けて気を失った後。3回目は、魔力竜巻を浄化して膨大な魔力を使ったタイミングだった。


(つまり)


「……魔力を使い果たしてブラックアウトすれば、みなみの部屋に行ける可能性が高いわ」


 ―――――


 その日の夜。クレアは、自室にヴィークとドニを招待してお茶会を開いた。


 お茶会と言っても、飲み物はワインや度数の高いお酒。スナックにはヴィークの好きなチェダーチーズサンドイッチやドニお気に入りのナッツを準備した。


「ノストン国でのお茶会、ヴィークが怒っちゃって酷かったんだよ。僕はもう同行したくない」

「俺も、あの茶会はもう嫌だ」

「ヴィークとお父様のにらみ合い、私も見たかったわ」


 キースとリュイがここにいないことを無理に忘れるように、3人は笑いあった。


 楽しかった旅のこと、王立学校のこと、ドニおすすめのバルの話、キースには怖いお姉さんがいるという話……。


 めいっぱい楽しんだ後、2時間ほどで会はお開きになった。自室へ戻っていくヴィークとドニを、クレアは見送りながら言う。


「ヴィーク。ドニ。今日は来てくれてありがとう。……体、大事にしてね」

「? また明日、会えるだろう」

「……そうね。おやすみなさい」


 クレアは微笑んで扉を閉めた。本当はもっと後ろ姿を見ていたかったが、これ以上見ていると決心が鈍る気がした。


 窓辺に行き、窓を開け放つと美しい満月が見える。


(……でも、絶対に戻ってくるわ)


 クレアは、予定通り体に魔力を満たす。持てる力を全部出せるよう、体の巡りを強く意識した。


「精霊よ、我の魔力が尽きるまでこの世界を浄化し、祝福せよ」


 そう唱えると、満月に照らされた明るい夜はより一層白く美しく輝いた。


 光に包まれて視界が薄れゆく中で、小さな違和感がクレアを襲う。その欠片が何なのか分からないうちに、クレアは意識を失った。




 そう、クレアは重要なことを忘れていた。


 クレアは、ミード家のディオンの魔力を共有したままだったということを。



 ◆◆◆◆◆


 目を覚ますと、そこはみなみの部屋だった。


 クレアは薄いマットレスのベッドに横たわっている。部屋は薄暗く、璃子はいない。

「やったわ。ちゃんとここに来られた……」


 時計を見ると、午前5時前だ。クレアはベッドから起き上がり、ゲーム機につながったモニター前へと移動する。いつもは混乱していたが、今日はそうではなかった。意識はしっかりクレアのもので、何をするためにここへ来たのかもしっかり分かっている。


 躊躇うことなくゲームを起動すると、「成り上がり♡ETERNAL LOVE」のセーブデータを選択する画面になった。そこでクレアは気付く。


「成り上がりって……。このゲームのヒロインはシャーロットよね。シャーロットがああなのは、このゲームのせいなのかもしれないわ」


(もしそうなら、シャーロットはこのゲームの被害者……だって、あんなに性格が悪いなんてありえないわ)


 『性格が悪い』はみなみとしての感想だ。そこで、やっとクレアはシャーロットが異常だということに思い至る。


(だとしたら)

「あの未来を防ぐためには、シャーロットの性格を矯正することも重要なはず」


 これで、15歳の誕生日前に戻ってからクレアがすべきことが決まった。


 まず1つは、シャーロットの性格が歪まないようにすること。2つめは、最初にクレアが辿った通りノストン国の王立貴族学院を追放されることだ。


「王立貴族学院を追放されたら、またイーアスの街でヴィーク達に出会う。……大丈夫。それまで頑張れるわ」


(……絶対にやり遂げて見せる)




 固い決意を胸に、クレアはセーブデータを読み込んだ。

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