第68話 夜会は華やかで
パーティーの主役二人は中央で国王陛下と大神官様に囲まれている。隣には正装をしたトラヴィスの姿が見えた。わかってはいたけれど、彼が遠い存在なのだということを再認識して少しだけ心が重くなる。
「セ、セレスティアお姉さま! 招待状はお持ちでしょうか? いくらなんでも、王宮での夜会に勝手に潜り込んではいけませんわ」
振り向くと、マーティン様を従えた異母妹のクリスティーナがいた。聖女として神殿に務め始めてから、私はスコールズ子爵家に戻っていない。
けれど、実家の事情を把握していないわけではなかった。
「お久しぶりです、クリスティーナ。お父様のお身体はいかがでしょうか?」
「げっ……元気よ。もうすぐ良くなって、領地でのお仕事にも復帰するんだから!」
「それは良かったですが……。クリスティーナも今日はマーティン様に連れてきていただいたのですよね?」
さりげなくつついてみると、異母妹の顔がぎくり、と強張ったのが見えた。だよね。ちなみに、マーティン様はクリスティーナの後ろでおろおろとうろたえている。
なぜなら、この夜会の招待状はスコールズ子爵家に出されていない。
彗星到来時のお父様の非人道的な振る舞いは、大神官様を通じて国に報告された。お父様は国王陛下から正式な形での質問状を受け取って寝込んでしまったらしい。
この夜会は盛大だけれど、その招待状は碌に仕事ができない当主を持つ子爵家には届かない。いつのまにか、スコールズ子爵家に社交界での居場所はなくなりつつある。
ちなみに、いま私の目の前にいるクリスティーナとマーティン様の婚約は一度は破談になった。
けれど、双方評判が最悪すぎて縁談の受け手がいなかった。マーティン様がスコールズ子爵家に婿として入ることを条件に二人は婚約しなおしたらしい。割れ鍋に綴じ蓋、本当によかった。
「私はマーティン様の婚約者だもの。彼のエスコートで夜会に出席して何が悪いのよ!」
「いいえ何も。それよりもお父様がお仕事に復帰されるのでしたら、屋敷のシャンデリアの取り付け状況を確認なさるようにお伝えくださいませ」
「シャンデリア……? ……あ! い、今さら何なの?」
「仰る意味がわかりません。でも、あれは大怪我をするところでしたから」
啓示の儀の日の朝にクリスティーナがシャンデリアに細工をしたことに言及すると、彼女は真っ青になった。たぶん、私に啓示の儀を受けさせたくなかったのだと思う。
だって「セレスティアの啓示の儀は怪我が治ってからにしましょう」なんてことになったら、継母は絶対に私を神殿へ連れて行ってくれなかった。そして、クリスティーナにはまたひとつ私を見下すネタができていたはず。
ていうか、運が悪ければループした瞬間にループし続けていた可能性もある。運が良かったというべきなのかな。とにかくもうやめてほしい。
「こ、こちらだってわからないわ。あー、セレスティアお姉さまはお可哀想ね。婚約者もいらっしゃらないから、同僚の神官にエスコートを頼まないといけないなんて。……行きましょう、マーティン様」
マーティン様を引きずりながら去っていくクリスティーナの背中を見送りながら、バージルがルックスに似合わない野太い声でぼやいた。
「アンタの妹ってほんとひん曲がってるわね~。ここが神殿じゃないからマウント取りに来たのよね、アレ!? ……とりあえずあのルックスで性格悪すぎだわ」
「まぁそうですが……私も言い返したし、もういいのです」
「アンタって本当に……根がお嬢様よね? ぎゃふんって言わせたいとかないわけ!?」
「一度しましたし」
そんなに何回も見たら飽きますし。
今日、私の隣にはおしゃれをしたバージルがいる。流れるようなブロンドをひとつに結び、正装をしたバージルは本当にスマートでかっこいい。
けれど、王宮での夜会にお呼ばれしたことを知ったとき、私はなんとなくトラヴィスがエスコートしてくれるような気がしていた。
でも、今日のトラヴィスはきちんと王族の顔をして求められた役割を果たしている。この会場にいる人でも、訳ありの存在である彼の顔を知らない貴族は少なくなかった。「あれは誰なのか」「王弟のトラヴィス様だ」「ご結婚は」そんな会話があちこちから聞こえてくる。
そういえば、クリスティーナとマーティン様はトラヴィスの身分をまだ知らない。彼を見かけて察したら、非常に面倒なことになりそう。
ちなみに、私の脚はがくがく震えています。だって、お茶会でさえ無理だったのに夜会って! せめて壁の花になりたくて端っこに行こうと思ったのに、バージルが許してくれない。
「アンタ、今また端っこに向かおうとしてたわね!?」
「ご、ごめんなさい、だってお茶会でさえ苦手だったのに夜会って! 私、過去の人生では大体壁の花になってやり過ごしていたんです」
壁の花希望の私の手をバージルはがっしり掴んで離さない。周囲からは、あら初々しいカップルね、なんて微笑ましい視線を感じるけど違いますから!
「アンタはねえ。もっと自信を持たなきゃだめよ! 今日のドレスだってよく似合ってるわよ。なんたってアタシが選んだのよ!? もっと見せびらかしてほしいわ」
「バージル……」
今日、私が着ているのはレモンイエローの華やかなドレスだった。偶然にも、毎回ループした瞬間に着ているドレスと同じ色だったことに笑ってしまう。
でも、これは私のためのドレス。クリスティーナ好みのフリルたっぷりなお姫様ドレスじゃなく、バージルとトラヴィスが選んでくれた上品でちょっと大人っぽいデザインのもの。髪はバージルがアップにしてくれて、キラキラの髪飾りをつけてくれた。
脚はがくがく震えているけれど、それなりに整った外見になっている気がする。啓示の儀を迎える前の私が見たら、きっとうれしすぎて言葉を失うと思う。……でもやっぱり帰りたいかな、うん。
私が壁との同化を諦めると、やっとバージルは手を放してくれた。
「そういえば、黒竜の鱗を使った万能薬ってまだできないのよね? アンタも不安よね、面倒なサイドスキルなんてちゃちゃっと消してしまいたいでしょうに」
「でも、明日の勇者送還には間に合うと聞きました」
私のサイドスキルを無効化する万能薬は完成間近という話だった。
明日は日食。お昼ぴったりにリクとアオイは自然と異世界へと呼び戻される。『サークルクラッシャー』というサイドスキルを持つアオイの送還に間に合うように、万能薬の生成は急ピッチで進んでいるらしい。
もしかしたら、そろそろできたころかもしれない。……そんなことを思っていると。
「セレスティアを借りてもいいかな?」
「……トラヴィス」
目の前に、さっきまで私の手が届かない場所で輪の中心にいた人がいる。え。お仕事は。国王陛下と大神官様と高貴な方々は。
「もちろんよ、はい、どーぞ」
「いたっ」
困惑する私の背中をバージルがバシンと叩く。そしてトラヴィスのほうに押し出されたのだった。
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