第53話 大神官様からの呼びだし

 私が異世界から来た勇者と聖女に深くかかわったのは、2回目のループのときだった。


 基本的にルーティニア王国は平和だ。たまに魔物が出たりするけれど、きちんと住み分けができている。森の奥深くや遠くの山々にはそういった魔物の類が住み、人間は町や平野に住む。


 人の活動範囲には結界が張ってあって、そこを超えてくる魔物はほとんどいない。


 けれど、竜だけは別だった。長距離を飛んで移動できる竜たちの行動範囲が人間に決められるわけもなくて。けれど、竜は賢いからむやみやたらに人間が暮らす地域を攻撃したりはしない。


 ――黒竜を除いては。


 私が知っている未来では、彗星がサシェの町を飲み込んだのとほぼ同時期に黒竜が目覚めた。


 はじまりの聖女がいたとされる神話の時代から眠り続ける黒竜の目覚めは、その知らせだけで人々に多大な恐怖をもたらすことになる。


 けれど、神様だって私たち人間をそうたやすく見放すことはない。同時に、災厄を治めるため類まれな力を持つ勇者を異世界から召喚してくださっていた。


 これはルーティニア王国の歴史を振り返っても初めてではなくて。私たちは異世界からの救世主になる彼らをありがたく受け入れることになるのだ。


 勇者には一人の少女がついてきていて、彼女もまた聖女と呼ばれることになる。


 2回目のループのときの私は、彼らと一緒に黒竜討伐へ行くことになった。


 途中、魔物にあって戦ったりしながら険しい山を進み、辿り着いた黒竜の居場所。


 最終的に、私は勇者一行と協力して聖属性の攻撃魔法を放ち、黒竜を倒すことに成功した……はずだった。


 けれど、黒竜が自分の命と引き換えに最後に放った炎に焼かれて死んだ。


 位置取りとしては、そんな風になる予定じゃなかった。万一そうなった場合を想定したうえで、退避場所を考えた上での攻撃だったのに。


 それなのに、いきなり最前線に押し出されて死んだ。気がついたら、スコールズ子爵家でシャンデリアが降ってきてた。……ひどくない?


 ちなみに、私は勇者に好意を抱いていました。


 不遇な私にも優しく接してくれ、知らない世界のことをいろいろ教えてくれる彼は、ループ2回目の私にとってはかっこよくて尊敬できる相手に見えていたのです。




「……お、思い返すだけで恥ずかしいから早く忘れたい!」


「セレスティア。大丈夫? ぼうっとしてどうかした?」


 トラヴィスの声に顔を上げると、私たちはいつの間にか大神官様のお部屋の前に立っていた。


 自分が今どこにいるのかを思い出した私は顔を覆っていた両手を外し、頭をぶんぶんと振る。


 さっき、食堂でくつろいでいたところに大神官様から呼び出しがあったのだ。トラヴィスが「遠征任務での子細が知りたいのだろう」と言うので、私も大神官様のお部屋までついてきたのだけれど。


 私が規格外の聖女ということで、大神官様はいつも気安く接してくださる。でもここはやっぱり場違いな気もする。


 優秀な神官を4人もつけていただけることを辞退したいから一緒に来たものの、また今度にしてもいいかもしれない。


「大丈夫です。でもやっぱりご迷惑かもしれないので、ここは失礼を」

「ううん。文句は言わせないから大丈夫」

「でも、大神官様がお呼びなのはトラヴィスだけだし」

「セレスティアが一緒でも大丈夫だよ」


 いつものトラヴィスなら良きところで引いてくれる。けれど今日は違っていて。一体どうしたのだろうと私は目を瞬かせた。


 彼は壁にもたれかかって軽く笑みを浮かべると、私の顔を覗き込んでくる。

 

「……今日、この後はそれぞれの部屋に戻って寝るだけだよね?」

「ええ、そうだけれど」

「俺にとって、この遠征任務は特別だった。起きたことも、セレスティアと過ごしたことも、すべてにおいてね。その終わりの日を、最後に相棒の顔を見て締めたい、って思うのはわがまま?」

「!」


 思いがけない言葉に息をするのを忘れてしまった。答えようとしたところで呼吸が苦しいことに気がついて、喉がひゅっとなった。


 私がとんでもなくドキドキしているのは置いておいて、とにかく、相棒っていう呼び方はずるいと思う。


 そして、だめ押しの一言がくる。


「俺、死にかけたのにな?」

「喜んで一緒にまいります」


 トラヴィスが悪戯っぽく笑う。年上のはずなのにかわいく見えてしまって、私は動揺を隠すのに精いっぱいだった。


 この扉を開けたらいつもの表情に戻るのかな。つい数秒前の彼の言葉を反芻した私は、今さらながら名残惜しい気持ちになってしまう。



 ノックの後、トラヴィスが大神官様のお部屋の扉を開ける。


 大神官様のお部屋で待っていたのは、見覚えのある二人だった。


 青みがかった黒と銀色の二色の髪色をした青年と、チョコレートのように艶々した髪を揺らす透明感のある少女。


 ――私は、彼らを知っている。


「トラヴィス。……ああ、聖女・セレスティアも一緒じゃったか。ちょうどいい、紹介しよう。異世界から召喚された救世主の二人じゃ」


「神官のトラヴィスと言います。よろしく」


「リクです。なんか……勇者って言われてまじわけわかんないっす」

「あの……アオイです。リクさんとは数日前にこの世界で出会ったばかりで……。とにかく早く元の世界に戻りたいので、よろしくお願いします」


 二人の自己紹介を聞きながら、私はさっきまでの甘い会話を忘れて深く息を吐いた。遠征任務の報告に訪れたつもりだったけれど、どうやら違ったらしい。

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