第20話 褒め言葉

 神殿で行われる初期研修は役職によって別のプログラムを受講することになる。同期に聖女はいない。つまり、私の研修はひとりきりだった。


「まさか大神官様直々とは」

「何か言ったかのぅ」

「いいえありがとうございます」


 私は積み上げられた資料に顔を突っ伏す。過去のループでは、自分と同じ能力を持つ聖女の先輩が見てくれたはずだった。


 けれど、今回はなぜか大神官様が直々に見てくださっている。というか、大神官様ってお暇なのだろうか。いままでそうは見えなかったけれど。


「ふむ。能力鑑定のときにも思ったことじゃが、セレスティアは随分と吞み込みが早いのう。普通なら十日かかるところを三日で終わりそうじゃ」

「わぁ」


 5回目ですので、けれどありがとうございます。


 大神官様に笑みを返してから、私は開け放たれたテラスの外に目を向ける。今日はいいお天気で、キラキラの太陽の光が昨夜遅くまでクロスに刺繍をしていた目にしみる。


 クリスティーナに刺繍を押し付けられたクロスを使用するお茶会は初期研修が明けた翌日に催されるらしい。


 今回は刺繍の柄にちょっとした意趣返しをしのばせているので何とか間に合わせたいところだった。けれど、眠い。


「今日はいいお天気じゃのう」

「ええ、本当に」


 ぽかぽかの日差しの中、完全に私は研修という名の日向ぼっこをしていた。


 大神官様は偏見をお持ちにならない方だ。社交界のごたごたには興味がない。神殿のトップがこういうお方で本当によかったと思う。


「その聖女用のドレスはトラヴィスと一緒に仕立てに行ったものか」

「はい。街に案内していただきました。偶然バージルさんも居合わせたので、デザインを考えていただいて」

「ほぅ。よく似合っているな」

「ありがとうございます、大神官様」


 実は今朝、この前街で仕立てたドレスが届いた。さっそく袖を通してみると、びっくりするほど素敵なデザインだった。


 色は、聖女らしい淡いライラック。デコルテが少しだけ出るようになっているものの、首と肩回りにはしっかりと布があり、目立たないものの上品な刺繍がほどこされていた。


 スカートの裾は二重の造りになっていて、外側が少し長く、透けるデザインになっている。内側は膝ほどの丈までしかないけれど、デザインのおかげで全く下品ではない。


 デザインが素敵なのはもちろんのこと『自分のためだけにつくられたドレス』が過去のループを含めてもはじめてということに気がついた私は、どうしようもなくときめいていた。


「今日の研修はもう終わりでいいかのぅ。このままでは十日間持たぬ」

「あの、ほかの先輩に指導をお願いしてもよいのではないでしょうか。私ごときに大神官様のお手を煩わせるのは申し訳なく」

「いいや、私がやる。セレスティアにはわからぬかもしれないが、4つの力すべてを持つ聖女など前代未聞じゃ。研修からその後の活躍まで詳細に記しておかねば」

「なるほど」

 

 なるほど、そういうわけだったらしい。けれど、私には能力に優れた聖女が持つサイドスキルというものがないらしい。まだ目覚めていないとも言っていたけれど、そんなことってあるのだろうか。


 ぼうっと考えていると、思わぬ質問が飛んできた。


「セレスティア。トラヴィスはどう見える?」

「はっ……はい……」


 どうしてこのタイミングこの問いなのだろうか。そして何と答えたらいいのかわからなくて言葉に詰まる。


 一度目の人生のことを考えると、とても優しくて強くて何でも知っていて頼りになって友達想いの、誰よりも大切な友人、だ。けれど今は。


「私のような者にも親切にしてくださる気さくな方、でしょうか」


 そして、たまにわからないことを仰る。あと、かわいいとか言うのはやめてほしい。


「だそうじゃ、トラヴィス殿下」

「!?」


 振り返ると、テラスの外にはトラヴィスがいた。いつも通り、神官の服は着ていない。少し気だるげな佇まいに目を奪われる。……違うそうじゃない。


「申し訳ない。聞くつもりはなかったんだ。近道をしようとここを通っていたら、セレスティアと大神官様の話し声が聞こえて」

「そそそそそうでしたか!」


 変なことを言っていなくてよかった。慌てて椅子から立ち上がった私に、彼の視線が留まる。……何だろう?


「……すごく似合ってる」


 トラヴィスは、そういうと口元を押さえて固まってしまった。それが、何に対する褒め言葉なのか察した私は一気に耳まで染まる。


 待って。もっとほかに何か言ってほしい。かわいいとかきれいとか、このドレスは君のためにあるとか、もっとお世辞だって思えるような歯の浮く言葉を。


 だって、そんなにうれしそうな顔で見つめられたら、冗談めかして笑うことすらできなくなってしまう。


 ぼうっとして突っ立ったままの私に、トラヴィスは悪戯っぽく手を差し出してきた。


「今日のランチ、ご一緒しませんか?」


 冗談にしてほしいのは、そこじゃない。


「は、はい」


 手を取りながら、私だけじゃなくトラヴィスの顔まで赤く見えるのには気がつかないふりをした。

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