第59話 貴族と従者

「焼き鳥ってこんなに美味しんだね!」


 ライが感動したように言う。


「本当か? 多分それライがいつも食べてるものより格段に安いぞ」


「安いのにこんなに美味しいなんて信じられないよ! なんで僕は今までこの味に出会えてなかったんだろう!」


 それは、ライが外に出られなかったからだよとツッコミを入れようかと思ったがやめた。高い料理程、味は薄くなっていくから、焼き鳥のような味の濃いものを一度でも食べてしまえばその虜になってしまう。恐るべし焼き鳥。


「フィーネはどうだ? 食べたことはあったか?」


「見たことはあったけど、避けていたわね。もぐもぐっ。思ってたよりは美味しいわね。もぐもぐっ」


 思ってたよりは美味しいとか言ってる割には食べてる量が多すぎないか? それもう3本目ぐらいだろ!? まぁいいけど。


「じゃあ今日は、食べ物巡りでもするか」


「良いですね!」とマリア。マリアは自分で料理も作るため、食への探究心は人一倍ある。マリアの作る料理は最高だ。


「やったね!」とはライの言葉。料理を口に頬張りながら話していて、精神的に幼くなってないかと思うほどだ。食の力は恐ろしいと実感した。


「たまにはいいわね」と少し遠慮しながらも賛成の意思表示をするフィーネ。その手に持っている焼き鳥は何だっ!! 隠せてないぞ。


「じゃあ次は―」



 その後色々な庶民グルメを食べ歩きして、お腹もいっぱいになったところで日が暮れ始め、屋台に夕暮れの日が当たる。


 この食べ歩きで更にライたちとは仲を深められた気がする。そんな気がするだけだが。


 だが、学園祭の醍醐味はこれからと言っても過言ではない。


 今はライとフィーネと離れて、マリアと二人きりだ。


 少し人混みを離れ、落ち着いた芝生に腰を下ろしている。


 周りにもちらほらいるが、距離を取っているため、実質二人だけの空間のようなものだ。


 そして、夕日が完全に隠れれば、2人だけの世界へと様変わりする。


 そして、日が暮れた。



 学園祭の最後を彩るのは、そう、花火だ。


 花火と言っても前世の物とは大きく異なる。こちらの世界での花火は魔法使いによって行われる。


 魔法とはイメージだ。イメージさえ固めることができれば、なんだって実現できる。その結果、生まれたのが、魔法使いによる曲芸という訳だ。


 しかし、当然相当な熟練度を必要とし、センスも問われる。


 魔法を使った曲芸で生計を立てているのは極僅かなものだけだった。


 学園では毎年一流の魔法曲芸師を呼び、披露してもらっている。それが今から始まるという訳だ。


 突然空に大きな火球が3つ現れた。それぞれ色は異なっており、空高く上がっていく。そして、大きな破裂音と共に、前世の花火さながらの大きな大輪を咲かせた。


「綺麗ですね」


 マリアが輝いた目で空を見つめている。


「あぁ、綺麗だ」


 次々と大輪は咲き、空一面に広がっている。


「カイル様、私はずっと貴方の側にいますから」


 突然、マリアから発せられた言葉に少し動揺する。


「どうしたんだ、いきなり」


 思わず質問をしてしまった。


 マリアの横顔は魔法によって照らされる。その横顔にはもうあどけなさはなく、綺麗な女性の顔だった。


「10年前にカイル様に助けられてからずっとカイル様の側でカイル様を見てきました。メイドという立場として。そして、カイル様に助けられたただ一人の女として。将来、カイル様は奥様を迎えることになるでしょう。例え貴方に必要とされなくなっても、もういいと言われたとしても。私は貴方の側にいる。カイル様の側にいたいと......そうふと思ったのです」


 マリアの目から一粒の涙が零れ落ちた。


「マリア、マリアが必要じゃなくなる時なんて来るわけがない。だってマリアは俺の専属メイドなんだからな」


 マリアが俺の方を見る。その目は涙で濡れていた。そっとマリアの涙を拭いてやると、マリアははっとした様子で顔を俺から背けた。


「ちょ、なんで顔背けるんだよ!」


「今の顔はカイル様に見せたくありません......」


 少ししょんぼりした声色で恥じらいを見せる。


「別に顔を背けなくたっていいだろ?」


「嫌なものは嫌なんです...... 何か気の利いた言葉でもかけられないんですか? もし未来の奥様が泣いたらどうするんですか?」


 少しずつ声色がいつものマリアに戻っていた。


「そんな器用なことができないことはマリアが一番知っているだろう?」


「もう...... やっぱりカイル様ですね...... もし、奥様に愛想つかされても、私はカイル様の側にいますから......」


「ありがとうな。マリア」


 純粋な想いをただ伝える。


「俺はお前のことが好きだ」


「へ? それはどうゆうことですか⁉」


 マリアの泣いた姿はもうなく、俺の方に詰め寄る。


「さぁ、どういうことだろうな」


「はっきりしてください!」


「まぁ、なんだ。マリアは何も不安なんか感じなくていい。ただ、俺の側にいてくれ。いや、いてほしい。マリアは俺にとってもうかけがえのない存在なんだ。これが今俺からかけられる言葉だ」


「カイル様にしては上出来ですね」


「上出来とは何だ。上出来とは!」


「でも、胸がすっきりしました。ありがとうございます。カイル様」


 マリアが頭を俺の肩に預ける。


「今日だけは...... こうさせてください.......」


「あぁ。いくらでも肩は貸してやる」


 こうして、学園祭は終わりを迎えた。マリアの顔は以前よりすっきりして、いつものマリアに戻った。そして、またいつの日かカイルと二人きりになることを信じ、カイルの側にいるのだった。

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