第52話 一回戦 大将

 決勝進出は決まっているが、勝負は勝負だ。三戦全勝して次への勢いをつける。


 ステージに上がる。


 両者が上がるのと同時に歓声が上がる。『がんばれー!』であったり、『カイル勝てよーー!!』という言葉が聞こえた。2人目の声は俺の身内の誰かだろう。恐らく父上だ。どれだけ声出してるんだと少し嘆息する。


 前方には対戦相手、血気迫る表情を浮かべている。団体戦としてはもうAクラスの勝ちは揺るがない。しかし、前の対戦者はそんなことも眼中にないといった所だ。このような表情を以前にも見たことがある。


 ゴブリンだ。ゴブリンは常に命を冒険者たちから狙われている。一度、雌のゴブリンを守るゴブリンと戦ったことがあった。そして、今の対戦者はそのゴブリンと同じ目をしている。大切なものを守る目だ。ゴブリンの時は、少し同情もしたが、そのゴブリンはきっと多くの人間を殺しているだろうし、殺さなければ生きていけない。もし俺が同情して逃がしたとして、生まれるのは悲劇でしかない。仕方なく殺した。雌のゴブリンも。勿論、お腹の子も……


 冒険者とは、そういう職業だ。命を奪う覚悟。その覚悟がなければ自分の命を失う。俺はこの数年の冒険者活動で嫌というほど思い知った。どのような冒険者でも油断すれば死ぬ。


 その様な経験をしているからこそ分かる。今のこの男の様子は常軌を逸している。何か覚悟を決めた顔をしている。どんなことになってもめげない。そんな顔だ。


 名前はティトス。剣の才能はBだ。俺にとっては敵ではない。だが、この様子はおかしい。注意しておくべきだろう。


「Aクラス対Cクラス 大将戦、始めっ!!」


 皆はティトスの様子の異質さに気づいていない。審判でさえ気づいていないのだから、仕方がない。


 始めの声がかかったのに関わらず、ティトスは一切攻撃を仕掛けてこない。今すぐにでも攻撃しそうな様子なのだが。まるでこっちが仕掛けてくるのを待っているかの様だった。


 良いだろう。その誘い乗ってやる。


 俺は足に身体強化をかけ、地面を蹴る。


 俺の身体強化は既に無意識で出来る所まで来ていた。魔力の効率も他の奴に比べて長けているため、現在では常時全身強化で30分ほど戦えるところまできた。その後は身体が使い物にならなくなるが。部分身体強化は身体への負担が少ないという点で重宝される。そのため、無意識下で発動できるよう訓練を重ねたのだ。


 その速さは今までで見たと言わんばかりに守りの態勢に入るティトス。


 俺が攻め、ティトスが守りの状態で剣戟が続く。俺の剣裁きにもなんとかついてきており、今のティトスの実力はB以上と言ってもいいだろう。


 このままでは埒が明かないと思い、一度後ろに下がる。


 少し待ってみたがティトスは一向に攻めの気を見せない。もしかすると攻める気はないのかもしれない。


 もう一度ティトスに接近して、今度はフェイクも織り交ぜて攻撃を繰り出す。ティトスでもさすがに処理しきれない。ティトスの身体には俺が付けた傷が増えていく。一方の俺は無傷だ。


 何度も接近戦を繰り返し、ティトスの身体は傷だらけだ。打撲に切り傷、様々だ。木剣でも早く振れば切り傷をつけることができる。俺の方も白熱してそのレベルの剣速まで出してしまったということだ。


「もうそろそろ限界だろう。降参してくれないか?」


 既に俺に勝てないことは分かっているはずだと思った。だから、降参を提示した。


「……」


 返ってきたのは沈黙だった。しかし、その目には動揺が浮かんで見て取れる。その目も少し正気が戻ってきたようだった。


 そして、今までは平気だったのだろうが、正気になりかけていることで痛みを認知し、痛さに必死で耐えている。相当数打ち込んだため、その身体は満身創痍といってもいい。


「もういいだろうっ!!」


「ダメだっ…… ダメなんだ……」


 その言葉は、とても弱弱しかった。


 再び覚悟を決めた表情を浮かべた。先程とは違う。今は正気に戻っている。それでも尚俺に立ち向かってくる。まるでこの戦いが命のやり取りをしているかのように……


「うぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


 声をあげてティトスが俺に攻勢を仕掛ける。これがティトスにとって初めての攻撃だった。しかし、その身体は既にボロボロだ。攻撃できるような体力は先程までの防御で使い果たしていた。


 ティトスの攻撃は、観客の目から見ても粗末なものだった。まるで子供が大人に立ち向かっているかのようで。弱者が強者に挑んでいるかのようで。


 観客たちはただひたすら試合に集中した。


 俺はティトスの剣を剣で受け止める。


 お前の覚悟は十分に伝わった。


 腕に身体強化をかけ、ティトスを吹っ飛ばす。


 ドンッという鈍い音を立ててティトスが背中を床につける。


 しかし、ティトスは再び起き上がった。


 もうそんな力なんてないはずなのに。何がそうさせているのか俺には理解できなかった。 


 再び雄叫びをあげてティトスが剣を振り上げ、俺に向けて走りこんでくる。


 これで終わらせてあげよう。


 振り下ろされた剣を身体を斜めにし、露わになったうなじに向けて、木剣を放つ。勿論、威力は抑えたものだ。


 しかし、この程度でティトスは力尽きたかのように倒れた。


「勝者、カイル!!!」


 審判の声が静寂に包まれている闘技場内に響く。


 少しして、闘技場が揺れ動くかのような歓声が上がった。


 俺とティトス、両方を称える声で闘技場内はいっぱいになった。ティトスに『よく頑張ったな!!』と大声で叫んでいる者もいる。


 何がティトスにあそこまでさせたのかは分からない。しかし、ティトスの姿は俺にも見習うべき部分がある。諦めないこと。


 このことを改めて実感させられた。


 ティトスは先生とCクラスの人たちに抱えられ、救護室へと連れていかれた。すぐに目を覚ますだろう。


 こうして俺たちの一回戦は3戦全勝で終わった。


 しかし、俺は引っ掛かりを覚えていた。ティトスのあの目だ。


 ティトスの目が覚め次第、ティトスの所に行く。それだけ決心をして俺は、ライたちのもとに駆け寄った。

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