第42話 フィーネ視点 回想②

 私の性格が今のようになったのは3年前からだ。それには理由がある。


 3年前とは、王位継承の争いが激化し始めた年。


 私はライと婚約していたこともあって、自動的に第二王子派閥となった。その結果、レンフォード侯爵家は第二王子派閥の筆頭貴族として見られるようになった。


 対抗する第一王子派閥は、アバンスノット侯爵家を筆頭とし、力を伸ばしてきた。そして、既に大勢は第一王子派閥にあった。その理由は、第一王子とライとの実力の差だ。ライは昔から体が弱く剣なども十分に扱えているとは言えない。対する第一王子は剣を扱うことができ、ライとの差は開く一方だった。


 しかし、第一王子は勉学がそれほどでもなく、学園でも実技は良かったが、勉学は赤点だったらしい。だが、貴族にとっては第一王子の方が扱いやすかった。第一王子は学園時代から権力を用いて貴族子女を侍らせていた。処女を何人も喰ったと言われるほどの好色家だ。第一王子の願いはより多くの女を抱くことらしく、貴族からすれば、女性を宛がっていれば言うことを聞いてくれるただの操り人形だったのだ。


 対するライは、剣術はいまいちなものの勉学では優秀だった。10歳にして学園での授業内容を完全理解するほどの者だ。御しにくいライは、貴族にとってみれば好ましくなかった様だ。


 大抵の貴族は自分中心に考えており、民衆のことなど眼中にない。それどころか民衆は搾取されるだけの家畜のようなものだと解釈しているような者もいるほどだ。エデルバルク王国が建国された当時の貴族は民からの信頼も厚かった。しかし、今の貴族は甘い蜜を吸っているだけで、何も使命を果たそうとしない者ばかりになってしまった。


 お父様はそのことを案じて様々な策を講じた。それは、学園の建設に始まり同盟国との関係構築など多岐にわたる。しかし、その功績を理解する貴族が少なすぎた。振り返るとお父様に付き従う貴族はごく少数となってしまった。


 だが、ライにとっては大切な派閥だった。ライはお父様の派閥に属している貴族全員と面会をして謝意を伝えていた。『こんな僕の事を慕ってくれることを嬉しく思う』と。そして、『こんな僕ですまない』と。


 その言葉を私は隣で何度も聞かされた。その度に心の奥がキュッと締まる感覚がした。

『なぜ神はこのような心優しき少年に力を与えなかったのか』と。『なぜ第一王子には力を与えたのか』と。


心の底で神様を恨んだ。


ライの側に付き従って王宮を歩いていると、第一王子派閥の貴族からは、侮蔑の視線を向けられ、時には罵られもした。


その時からだった。私がライを守ろうと決意したのは。



 ライと私は学園に進学した。お父様はライと私に対して『行かなくても良いのだぞ?』と優しく言った。


 でも、ライも私も心は決まっていた。ライは―


「自分を慕ってくれている貴族たちの事を守りたい。そのためには力が必要だ。そのために僕は学園に通う」


 ―とお父様に言った。お父様は『そうですか』と嬉しいような悲しいような表情を浮かべ、微笑んでいた。


 お父様の気持ちも痛いほどわかる。宰相という身でありながら、劣勢に立たされているライの派閥の筆頭として立っている。嫌味もたくさん言われているだろう。それでもライに付いていてくれるのは、私が我が儘を言ったからだ。ライと一生を添い遂げたいと。病弱だった私が言った初めての願いだった。


 泣きながらお父様は誓ってくれた。『ライノルド殿下とフィーネは私が守る』と。


 お父様の為にも私は学園で頑張らないといけないと強い気持ちを持って入学することを決めた。



 ライの挨拶を終えて、私とライはクラスに入った。


 席に座って、最初にライに声をかけてきた貴族がいた。その貴族は嫌な笑みを浮かべて私たちの方に近づいてきた。


「ライノルド殿下、私の名前はネシト・フォン・バラハスと申します」


「ここでは敬称は不要だよ。ネシト君」


「分かりました。早速なのですが、私と友達になりませんか?」


 私の中ではこの男は何か裏があるように見えた。でも、ライが応対しているから私の出る幕はない。


「友達? なぜだい?」


 ライの質問は核心を突いていた。ライ自身もこいつには何か裏があると感じていたようだった。


「なぜ? ですか? そんなの決まっているでしょう。貴方は劣勢に立たされているのですよ? 貴方は自分の立場を理解していますか? どんな貴族でも仲良くなるべきでしょう?」


 こいつは、第一王子派閥の貴族がライに向けたような視線と同じような視線をライに向けた。


 侮蔑だ。ライより自分の方が偉いのだと。助けてやっているのだと。王族への敬意などあったものではない。


「貴方ねぇ――」


「フィーネ。良いよ」


「どうせ貴方も私と同じでしょう!? フィーネ嬢!」


「そんな訳ない――」


「ネシト君。君は今自分が何をしたか分かっているのか? 僕に対しての無礼は許そう。でも、君は今フィーネに対しても無礼をした。僕の婚約者であるフィーネに対してもだ。僕はね、味方をしてくれるなら誰でも良い訳でもないんだよ。僕の婚約者を悪くいう奴を快く受け入れるほど僕の心は穢れていない。僕は君と友達になる気はない。失せてくれ」


 ライはこれまで見たことがないような目をしていた。感情を押し殺したような冷淡な目だった。


 ライが味方をしてくれる貴族に会ったのは、自分で見極めたいからに違いなかった。そして、人格者であること、私に対しての目線、態度などを鑑みた上で、派閥を形成していたのだった。


「――ッ。 チッ」


 ネシトは嫌な様子を隠そうともせず、舌打ちをして、元居たグループへと戻っていった。ただライを利用したいだけの者だったということだろう。


 私は、ライに対してこのような態度をとる貴族が学園にもいたかと落胆し、静かな怒りを心に灯していた。


 その時から少しして、私たちのもとに挨拶にきた者たちがいた。


 ――後にライたちを救ってくれるカイルとマリアだった。

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