第5話 バッサバッサとアルド無双
「あぁクイナ、今日の晩飯には期待してろ?」
「うん、なの?」
「こんなにオークが大量なんだ。材料には困らない」
二ッと笑った俺の言葉は、クイナにもすぐに理解できたようである。
座ったままピョンッと飛び跳ねながら「オーク肉、美味しいの!」と頬を紅潮させている。
「材料は『天使のゆりかご』に持ち込んで、めっちゃ美味しくしてもらおう。今日はオーク肉パーティーだ!」
オーク肉パーティー。
それはすなわち、オーク肉を好きなだけ食べられる催しという事だ。
すぐにそう気付いたクイナが、まるで雷に打たれたかのようにピシャァァンッと一瞬固まった。
「オーク肉、パーティー……?」
驚愕と喜色が入り混じった顔で俺に確認してくるので、「そうだ」と一つ頷いてやる。
クイナにとっては普段は決められた量しか食べられない夕食が、好きだからこそついペロリと平らげてしまう好物が、今日はたらふく食べて良い。
早い話が『天国』である。
「とっても良いと思わないか?」
「うんなの! とってもとってもとっても良いの!」
「じゃぁすぐに終わらせてくるからちょっと待ってろ?」
「分かったの! この世で一番良い子にしてるのっ!」
やる気満々で正座待機状態になったクイナに、俺は思わず小さく笑った。
その小さな肩から手をゆっくりと離した後、立ち上がって「さてと」と辺りを改めてみる。
――オーク。
冒険者ギルドが出している脅威度は、D。
Dランク相当の冒険者が討伐可能な魔物だが、多産なので一度に多くの個体が発生する場合もあり、その時には稀にランクが一つ繰り上がる事もあるらしい。
これらは全て、いつもお世話になっている冒険者ギルドの受付嬢・ミランから貰った情報だけど、その時に合わせて「どちらにしてもEランクのお2人には手に負えない相手ですから、くれぐれも応戦しようなどとは思わず逃げて帰ってきてくださいね」と念押しされた記憶がある。
が、そんな事はどうでもいい。
腕の準備運動を軽くしながら、俺は一歩一歩足を進める。
うんそうだな、血祭り……にするとちょっとクイナの情操教育上よろしくなさそうな気がするし、なるべくグロテスクにはならない方向にしよう。
あとは速度重視って事で。
などというプランを頭の中で練りつつ、バッグの中から剣を一本取り出した。
廃嫡された直後、あちらの王都で買っておいた護身用の長剣だ。
護身用とはいっても特別製という訳じゃない。
その辺に売ってる低品質の
が、そんなものは少なくとも俺にはあまり関係ない。
確かに俺は師から剣を教わったけど、ただの剣士ではないのだから。
一歩一歩を踏みしめて、オークたちが蔓延る世界との境界を踏んだ。
そして知った。
この結界は臭いも遮断していたのだと。
一応寝る前に掛けていた探知魔法がまるでオークに反応してくれなかったから、この結界が魔法の類も遮断する代物なのだろうとは、何となくだが分かっていた。
だが、まさか臭いまでもが対象だとは。
鼻を直接刺激する動物的な強い匂いに思わず顔を顰めながら、心の中で改めて「クイナを置いてきて正解だった」と独り言ちた。
酷い臭いなのと準備運動の一環で、空に向かって剣を薙ぐが、充満していた臭いが少し遠のいたような気がするのは、きっと錯覚なんだろう。
どちらにしても、臭いの元が消えない限り『焼け石に水』なのは間違いない。
とっとと排除。
対策はこれに尽きるだろう。
魔剣士であるこの俺にとって、剣に強化を掛ける事は寝起きにする伸びにも等しい。
呪文の類は必要ない。
そういう風に鍛えられているから特に意識を向ける事もない。
下段の位置に構えた時には、既に魔力のコーティングは済んでいた。
強度上昇、切れ味上昇。
重さ軽減はするまでもないので今回はしない。
その状態で、まずは目の前の邪魔な個体を片手で一閃。
そうやって道を作ってやる。
突然崩れ落ちた
更に1体、2体と切り捨てて、とりあえず結界にたかるオーク達の群れから抜けた。
結界からもう少し距離を取りたかったのでその後もサクサク草原を歩いていると、後ろから「フゴォーッ」という雄たけびのような声が聞こえた。
ドシドシという音と共に、迫ってくる大きな気配。
後ろを見ずにそれを切り捨て、結界との距離が満足に取れたと確信出来てから足を止める。
振り返れば、目の前には敵意が限界まで膨らんだ巨体が押し寄せてきていた。
素手のオークが横薙ぎにぶん殴ろうと振りかぶる。
が、その手が俺に届くより詠唱が終わる方が早い。
「――水よ穿て」
クイナよりも短い詠唱・短い時間でインスタントに繰り出されたその魔法は、オークの無防備な額を刺してその後ろに居た数匹の頭もついでに貫いた。
ドカドカドカッと巨体が地面に倒れていくが、まだ数は残っている。
そちらには目もくれない。
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