第4話 アルドが告げる『大丈夫』
オークは元々、体が大きく腕力が強いが、俊敏性に欠けそれほど狡猾とも言い難いタイプの魔物である。
魔法が使える変異体でも居れば少し厄介だが、そういう個体は見た目が少し異色なので見ればすぐに分かるものだ。
探してみるが見当たらないので、今はとりあえずそっちは気にしなくていい。
もちろん警戒はしておくべきだけど、まぁそれは置いておいて。
「――大丈夫」
クイナの頭にそう言葉を一つ落とした。
すると今の今までペチャンとなっていた金の耳が、ピクリと小さな反応を見せる。
見上げて来た顔が「本当に?」と聞いていた。
その瞳は、希望の中に疑念が入り混じった複雑な色に染まっている。
「なぁクイナ、俺と一つ約束をしてくれないか?」
肩を掴んで腹に引っ付くクイナをやんわりと引っぺがせば、おそらく唐突な申し出にでも聞こえたんだろう。
キョトン顔が俺を見る。
しかしその唐突さが、むしろ良かったのかもしれない。
耳は好奇心にすっかりピョコンと立ち上がり、コテンと小首を傾げながら「約束事?」と聞いてくる。
そんな彼女に「よく聞けよ」と前置いて言う。
「今からちょっと外のオークたちを倒してくるから、クイナは絶対にこの結界から出ない事。それを約束してほしい」
確認した敵の器量と数くらいなら、俺一人でも十分対処できそうだ。
とはいえ、クイナを護りながら戦うのは――可能と言えば可能だが――数が居る分全て倒し終わるのに時間が掛かって面倒臭い。
せっかく絶対に安全な場所があるんなら、クイナにはここに居てもらって倒す事だけに集中した方が俺としても楽である。
という訳で、後はクイナの説得次第でプランが変わってくるわけだけど、俺のお願いにクイナは眉をハの字にしてみせた。
「でも」と言いながらチラ見した先に居るのは、未だに結界にちょっかいを出してはビィーン、ビィーンと弾かれている脳足りん共である。
「あのオーク肉さん達おっきいし、とってもいっぱい居るみたいなの」
そう言われて「でもアイツら、俺より弱いから問題ない」と直接的に言葉で言うのは簡単だ。
しかし言うのと、それで彼女の不安が払しょくされるかはまた別の話になってくる。
俺にとっては問題ないような相手でも、まだクイナには早すぎる。
この数となれば猶更だ。
最悪彼女の不安を拭えないまま決行をし、結界から出てきてしまっては大惨事になる。
ここでふと、幼い頃からの剣の師の言葉を思い出した。
『個人の武力がどれだけ高かったとしても、万能者には絶対になれない。例えどれだけの力があっても、手が届かなければ、間に合わなければ意味がないのだ』
いつかそう言った国一番の実力者は「だからこそ俺も軍なんて所に身を置いている」とも言っていた。
いつも豪快に笑うその人はその時も決して例外ではなかったが、目を見れば「言葉それ自体は至極真面目なものなんだろう」と良く分かるものだった。
その時の俺には、正直言って言わんとする事は分かってもイマイチ現実味に欠ける、まるで他人事のような言葉だった。
しかし、国を離れて『守られる側』から『守る側』になった今、あの時の言葉の意味が至極切実なものだったのだと理解できる。
もちろん一番ベストなのは、ここで待っていてもらう事だ。
だけどちゃんと説得できないんなら、手の届かない所でクイナが傷つく可能性が残るなら、後ろに庇って戦った方がずっとマシ。
つまりはそういう訳である。
頭をフル回転させてクイナをきちんと説得できる、『問題ない』を実感させる事が出来る言い方を探してみる。
そして見つけた。
名付けて『百聞は一見に如かず戦法』だ。
「実はこのオークたち、全部纏めても前に遭ったオオカミより、うんと弱い」
「オオカミ、なの?」
「そう。ほら、お前と初めて会った時の」
最初はピンと来ていなかったのだろうが、細くしてやると流石に思い出したのだろう。
ハッとしたような顔になって、それから辺りを見回し始める。
「こんなにいっぱいなのに、オオカミよりもうんと弱いの?」
「弱い。それも、オオカミ1体分よりもだ」
だからほら、この結界だって全然破れていないだろ?
そう言葉を続ければ、オークからのちょっかいを弾き続けても尚傷一つない完璧な結界に、クイナは「うんなの」と頷いている。
「あの時4体のオオカミを相手に怪我もしなかった俺なんだぞ? これくらいの相手なら全く痛くも痒くもない」
人差し指を突き立てて、俺はクイナにそう言って見せた。
因みに今の話だが、オーク達があの時のオオカミ1体分よりも弱いのは本当、オーク達がこの結界を破れない程の力しかないのも本当だ。
ただ一つだけ。
この結界はかなり強力なものなので、例え例のオオカミが4体揃って襲ってきても安全だった事だろう……という隠されたグレーゾーンは存在するが、嘘を口にした訳でも無ければバレようもない事だろうから、気にしない、気にしない。
そんな些細なグレーよりも、もっと大切な事が今はある。
「でもこの数のオークとなると、流石にクイナにはちょっと早い。だから今回は『見学』だ。俺の戦いを見て覚える。これも立派な勉強だぞ?」
そんな言葉で言いくるめれば、単純かつ最近は魔法が使えるようになったという事もあり、少し戦闘ごとに興味が出てきたクイナである。
「分かったの! クイナお勉強するの!」という聞き分けの良い声が返ってきた。
その目にはもう、不安は無い。
むしろやる気に満ちているので、多分ここでいい子にしている事だろう。
心配になるほど素直な子なので、言葉にした事を自分の意思で違えるような事はしないだろう。
そんな彼女に、俺は一つご褒美話をする事にする。
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