第33話 服を着替えたら天使になった件

 次の日。


 朝食を食べ終え、早速昨日注文した服を受け取りにアルセーヌ婆ちゃんの所にやって来た。


 全部ではなく、一着目を受け取りに来た感じだ。


「アルセーヌさん」


「来たかい。そこに立ちな!」


 僕と妹は一緒に並べられ、一着ずつの服を身体に当てられる。


 時々僕の胸を手のひらで叩きながら、男らしくなりんしゃい! と言われた。


 昔の僕なら大きなお世話だと思ったかも知れないけど、全く痛みのないそれは僕の心に大きな励みのように聞こえる。


 服を当て終えたアルセーヌ婆ちゃんの指示により、すぐに着替えるように言われ僕と妹はそれぞれ更衣室で衣服を着替える。


 今回作って貰った服は、前世でいうスーツにそっくりだ。


 前世では一回も着た事がないスーツだから着心地は知らないけど、アルセーヌ婆ちゃんが作ってくれたこの服はとても着心地がよい。


 それに着てから全身を動かしてみても、服が邪魔して動きにくくならず、不思議な伸縮性が感じられる。


 更衣室内にある鏡に映る自分を見つめる。


 もう慣れて来たけど、やはり前世の自分の面影は何一つ残っていない。


 寧ろ、前世って存在していたのかさえ疑問に思えたりする。


 まあそんな事はどうでもいいか。


 服も着替えたことだし、更衣室から出ると寛いでいるアルセーヌ婆ちゃんがこちらに視線を移した。


「少しは様になったようだね」


「ありがとうございます。キツキツそうに思ったのですが、思っていた以上に快適ですね」


「そうさね。うちは最上級魔法布を使っているから、それくらい普通さね」


 へぇー魔道具に続き、布にも魔法を掛けられるのか。


 意外にも前世よりも便利な部分はあるんだな。


 それくらい魔法やスキルが有能過ぎるのかもね。


 その時、女性用更衣室の扉が開く。


 少しふわっと広がって膝に掛かるくらいの黒いスカートと、その中から伸びる綺麗な足が扉の奥から姿を現す。


 続いて可愛らしいシャツに落ち着いた黒色のカーディガン姿に美しい銀髪がひらりと揺れながら、妹が恥ずかしそうな表情で出て来た。


「…………お兄ちゃん?」


 思わず見とれてしまって、言葉を失っていると妹が声がする。


「あ! めちゃくちゃ似合ってるよ! 今まで衣服のことを気にしてなくて後悔するくらいに可愛いよ」


「う、うん。ありがとう」


 少し恥じらう妹が小走りでこちらのテーブルに向かってくる。


「やっぱり似合うわね。元が綺麗なだけにずっとあんな衣服を着せてるなんて、まったく!」


「あはは…………これからは注意します」


「妹をもっと大事になさい!」


「はい!」


 本日はこの一着だけ急いで仕上げて貰ったので、また数日時間を置いて数着取りに来ることになった。




 ◇




 店を後にして約束を交わしているエミリーさんに会うため、街の中で最も目立っているお城に向かう。


 支配人さんに聞いたところ、ここ一帯は元々別国の王都だったようで、既に昔亡くなっているそうだ。


 その名残で、ストーク子爵家が代々この地を治めているそうで、王城を屋敷変わりに使用しているみたい。


 道沿いを歩き、周りの人波に流れていく。


 最近ではすっかり慣れて妹の手を引くようになっている。


 僕の一歩後ろを歩く妹を気にしつつ、歩いていると周囲から視線を感じる。


 以前のように怪しい視線ではない。


 ものすごい数の視線が僕達に向いているのだ。


「ねぇ、見てみて! あのカップル、美男美女ね!」


「でも髪色と瞳が同じ色よ? 兄妹じゃないかしら?」


「兄妹で可愛らしいなんて、見てるこちらが幸せになれるわ~」


 うぐっ…………せめて、こちらに聞こえないように言ってくれ…………。


「なあなあ、あの子めちゃくちゃ可愛くないか?」


「でも彼氏いるぞ?」


「でも髪も目の色も一緒だよ? 兄妹って事はないか?」


「…………いや、もしかしたら姉妹かも知れない」


「おお! 声かけてみるか?」


「いや、無理だろう。あの服装、どこかの貴族子女だろうからやめておけ。あとで痛い目にあうぞ?」


「かぁ~、仕方ないよな。しかし、可愛いな~」


 僕の右手に握られている妹の左手に少し力が入る。


 絶対聞こえているよな…………。


 ちらっと妹を見ると、真っ赤な顔で俯いて歩いていた。


 これならグノーくんに頼んで馬車で移動したらよかったな。



 僕達兄妹は沢山の人達に遠くから褒められながら道を進み、王城のようなストーク子爵家に辿り着いた。


「こんにちは。ホロといいます。エミリーさんとストーク子爵様と会う約束を交わしているのですが」


「!? いらっしゃいませ、ホロ様。お待ちしておりました」


 入口を守っていた衛兵さんが大いに驚いて奥に案内してくれる。


 ちらちら妹を見るのが見え見えなんだよな……。


 二階に案内され、そのまま奥にある部屋に案内される。


「お嬢様。ホロ様がいらっしゃいました」


 珍しい声を伝える魔道具を使い、部屋の中に言葉を送る衛兵さん。


 間髪を入れずに扉が開き、中から以前出会った金髪ドリル二つが姿を現し、先日の変態服ではなく美しいドレスに身を纏ったエイミーさんが嬉しそうな笑みを浮かべて出て来た。

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