609.ニワトリたちはどうしよう?

 桂木さんのところを辞したものの、ユマとメイをN町に連れて行くわけにはいかない。せめてリンさんがいればなぁと思ったところで相川さんにLINEを入れた。


「これから保険の申し込みにN町に行きます」

「お疲れ様です。お願いします」


 すぐに相川さんから返事があった。


「桂木さんに言い訳をしないといけないのでそれを考えてほしいです」

「N町から戻られてから、うちにいらっしゃいますか?」

「できれば。すみません、今ユマとメイをそちらで預かってもらうことってできます?」

「佐野さん今はどちらに?」

「相川さんの山の下辺りです」

「麓で大丈夫ですかね?」

「はい、お願いします」


 電話しろよって途中から自分でも思ったけど、意外と打てるものだな。こういう機器の操作も慣れなんだろう。


「ユマ、メイ、悪いけど相川さんの山に行っててくれ。N町に行かないといけないから」

「ヤダー」

 ココッ!

「時間がないんだ。頼むよ。保険の申し込みをしたらすぐ戻ってくるから」


 ユマはプイッとそっぽを向いた。メイもそれにならってかプイッとする。ユマなりの抗議なんだろうが、でっかいニワトリを連れてN町に行くにはリスクが高いんだよ。こういうところは不便だと思うがしょうがないのだ。

 相川さんの山の麓、柵のあるところまで軽トラを走らせると相川さんが待っていてくれた。


「すみません、こちらの事情に巻き込んでしまって……」

「お互い様ですから。すみませんが、ユマとメイをお願いします。何か買ってくるものがあれば買ってきますけど」

「でしたらツナの水煮缶を買ってきていただいてもいいですか。一缶いくらので。お金はもちろんお支払いします。佐野さん、お昼はうちで食べて行かれますよね?」

「あ、ええと……」


 そこまで甘えちゃっていいのかななんて躊躇した。


「一緒に食べていただけるとありがたいのですが……」

「い、いただきます!」


 相川さんの寂しそうな顔に弱い俺である。つーか自分でもわかってきたけど、俺って誰かの寂しそうな顔に弱いんだよな。

 ユマはヤダーとか言ったものの、メイと共にすんなり相川さんの軽トラの助手席に納まってくれた。とてもかわいい。


「じゃあ行ってくるからなー」

「ハヤクー」

 ココッ!

「わかったよ」


 相川さんにお願いして、急いでN町へ向かった。人数が多いので保険屋の窓口で登録をした。それからスーパーへ向かい、ツナ缶を多めに買った。自分のは三缶で298円の油漬けのだが、ニワトリたちには一缶いくらの水煮缶を買った。うちのニワトリたちはけっこう好きみたいなんだよな。いくらなんでもよっぽどのことがなければ一羽に一缶はあげないけどさ。ニワトリの餌とは、とか考えてしまう。

 それはともかく用事も済んだので、相川さんにLINEを入れてからまっすぐニシ山に向かった。相川さんは麓の柵に鍵をかけていなかったので(見た目かかっているように偽装はしていた)そのまま入り、俺が鍵をかけた。

 戸締りはしっかりしておかないと危ない。夏休みだし余計だった。

 相川さんの山はけっこう急である。角度的な問題を言うと、桂木さんの山が一番急で、次に相川さんの山、うちが一番勾配はなだらかだ。つっても山だから歩いて登るのもたいへんなんだけど。

 やっと相川さんの家があるところに着いた。今日はとっても忙しいなと思った。

 ユマとメイは相川さんの家の周りにいて、駐車場まで駆けてきた。


「ただいま、ユマ、メイ。今夜はお土産があるからな」

「オカエリー」

 コココッ


 メイの鳴き声もすっかりニワトリになっている。そうだよな、もう二か月半だもんな。つってもまだトサカっぽいのは出てきていない。三か月ぐらいになれば出てくるのかな。

 やっぱうちのニワトリたちの成長って早すぎたよなー。

 それは養鶏場だけでなく、他にニワトリを飼っているお宅からも言われていることである。とはいえ爬虫類というか鱗のある尾なんてものは普通のニワトリには生えていないから、みなは「ニワトリ」と呼んでいるだけの違う物と認識しているようである。

 いや、ニワトリですから!

 ユマとメイにまとわりつかれながら買ってきた物を相川さんの家に運んだ。ユマが呼び鈴を嘴で押してくれた。


「佐野でーす」


 扉がガラッと開いたと思ったら、そこにいたのはリンさんだった。さすがにびっくりする。


「オカエリ、ハイル」

「は、はいっ!」


 どきどきしながらスタイリッシュな土間に足を踏み入れた。土間の柱に沿うようにして付けてある竹筒には、小さめの向日葵の花が差してあった。本当に相川さんはまめだなと思う。それで今年は向日葵を植えようと思っていたことを今頃になって思い出した。

 もう八月も半ばだ。時、すでに遅しである。

 リンさんが入れ替わりで出ていき、ユマとメイが土間に入った。メイはなんだか知らないが、尾をぶんぶん振っていた。


「こら、メイ。そんなに尾を振ったら危ないだろ」

「佐野さん、おかえりなさい」


 相川さんがお盆に麦茶と漬物を載せて持ってきてくれた。


「ただいま戻りました」

「すみません、リンが尾の振り方みたいなことをメイさんに教えてしまったみたいで……」

「ええええ」


 そんな交流がなされていたのか。


「あ、そうなんですか……でもメイ、そろそろやめなさーい!」


 そろそろ家の壁にバシバシ当たりそうなのでさすがに止めた俺だった。



ーーーーー

次の更新は25日(火)です。

フォロワー20000人ありがとうございます! 近々記念SS上げますねー。

レビューいただきました! ありがとうございます!


しっかし話が進まん。ニワトリがかわいいのと相川氏のごはんが食べたいからかもしれない(ぉぃ

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