607.早とちりもするものだと思いたい

「……佐野さん、すみません」


 喫茶店から駐車場に戻った時、相川さんに深く頭を下げられてしまった。


「え? いえ、全然かまいませんよ。俺も従弟さんには会いたかったですし」


 相川さんは苦笑した。


「……佐野さんて、責任感強いですよね」

「はい?」


 いったいなんの話だろう。相川さんの表情が少し明るくなった。


「これから佐野さんちにお伺いしてもいいですか?」

「ええ、いいですよ。草刈りとかは手伝ってもらうかもしれませんけど」

「お手伝いしますよ」


 冗談で言ったつもりだったが、その方が相川さんも楽そうだ。そうして相川さんも一緒に山に戻ったのだった。

 駐車場に軽トラを停めると、ユマとメイが駆けてくるのが見えた。ホント、かわいいよな。ポチとタマはいつも通り遊びに行っている。夕方まで戻ってこないだろう。

 軽トラから下りる。


「ユマ、メイ、ただいま~」

「オカエリー」

 ピー、ココッ

「お邪魔します」


 相川さんがユマに挨拶をした。


「オミヤゲー」

「はい、持ってきましたよ」


 何故かユマは相川さんに向かってお土産をねだった。どういうことなんだいったい。


「そろそろお昼ですね。僕が作ってもいいですか?」

「ええ、ありがたいです」


 なんか弁当を買うことも忘れていた。俺は俺なりに緊張していたのかもしれない。冷蔵庫に買ってきたものをしまう。ユマもメイもそんな俺の後を付いてきていた。

 振り向いたらかわいいのがいるとかなんのご褒美だろう。思わず笑顔になってしまう。


「お昼に出すからちょっと待っててなー」


 一応豚の赤身も買ってきた。俺が食うやつじゃないってのが微妙だよな。でも喜んで食うし。

 ニワトリってなんだっけ?

 俺はユマとメイにまとわりつかれながら、日陰で草むしりをする。その間に相川さんがお昼ご飯を用意してくれた。誰かにごはん作ってもらえるって幸せだと思う。


「佐野さーん、ごはんできましたよー」

「はーい」

「ハーイ」

 ピィー


 ユマとメイも返事をするのがかわいい。

 お昼ご飯はそうめんだった。


「薄焼き卵にするのは惜しかったので……」


 ユマとタマの卵はオムレツになった。オムレツとそうめん。どっちもおいしそうである。ハム、きゅうり、トマト、ネギ、もやしの茹でたもの、シイタケの浅漬けなどがあり、好きにトッピングして食べる形だ。キムチもあった。


「氷、勝手に使いましたけど……」

「ありがとうございます」


 ユマとメイにも餌を用意してくれた。本当にもう至れり尽くせりである。

 相川さんに甘えるのも大概にしないといけないんだが、今回はまぁいいことにする。うまい。


「夏のそうめんって最高ですね」

「そうですね」


 相川さんはまた憂い顔をしている。


「……リエさんが、悲しい思いをしないといいのですが……」

「そればっかりは俺もわかりませんし。どうなるかなんて誰にもわからないんじゃないですかね」


 本宮さんは誠実そうに見えたけど、実際はどういう人かなんて知らない。

 外面はいいけどって人もいるし、付き合ってる時はそうでもないけど同棲したらって人もいたわけだ。そういえば子どもが産まれたら人が変わったようになったなんて話も聞いたことがある。それを見抜けなんていうのは無理なんだから、何かあったらすぐに連絡してほしいと、気軽に相談できるようにこちらが気を配るしかないのだ。


「……少しでもおかしなことがあったら言ってくれって言うぐらいしか、できることはないですよ」


 言いながらおかしいなと思った。まだ桂木妹と本宮さんは会ってもいないんだが。なんで俺は桂木妹と本宮さんが付き合うみたいな前提で話をしているんだろう。気が早すぎだろ。


「……俺、へんなこと言ってますよね」

「何がですか?」

「まだ、リエちゃんと本宮さんはお互いがこの辺りにいることも知らないじゃないですか」

「ああ……それもそうですね。なんだか、早とちりしていたみたいです」


 お互いの焦りみたいなのに引きずられて、まだありもしないことを勝手に考えていたみたいだった。こういうのってお節介だしうざいよなぁ。

 そうめんもオムレツもおいしかった。食休みをしてから気になる場所の雑草を刈るのを手伝ってもらった。川を見てアメリカザリガニがいないかどうか探す。これにはユマとメイが付き合ってくれたが、俺は川に入って行こうとするメイを止めた。

 ピィッ、ピィイッ、ココッ!

 メイが怒る。

 なにすんのよってやつだろう。

 俺も何してんだって思うんだが、水はそれなりに流れているからまだメイは危険だ。川ってのは流れが一定じゃないし、いきなり深くなったりもする。ここらへんは上流だからそこまで足を取られる程流れが早いわけではないが、メイが流されでもしたら目も当てられない。

 俺の中では川は怖いものだ。

 人工的に作られた川で、しっかり管理されている場所ならいいが、そうでなければ心配でしょうがないのである。


「ユマー、ザリガニいるかー?」


 ユマがトンットンッと石を飛んで川にばしゃんと入った。おいおいと思った時には頭を突っ込んで、ザリガニを咥えていた。


「えええええ……」


 まだいるのかよ。相川さんが川の側で確認している。

 バリッバリッと音がする。ユマが食べているのだ。それにしてもやっぱり食べづらそうである。

 ピイピイ、コココッ

 メイが怒っている。だからだめなんだってばー。

 ユマは食べづらそうにザリガニを食べ終えると、戻ってきた。


「やっぱいるんだなー」

「いることはいると思いますが、順調に数は減っているみたいですよ。秋になる前にまたリンとテンをお邪魔させてください」

「ええ、それは助かります」


 なかなかいなくなるものじゃないんだな。リンさんとテンさんでローラー作戦をやってもらったけど、漏れがないとは限らないわけで。

 毎年来てもらうようかも、なんて思ったのだった。



気が早い二人でした。未成年には違いないですが、リエちゃんは現在19歳です。

「山暮らし~」はアルファポリスで2020年に連載を開始しているので、この時点では2021年のカレンダーで話を進めています。なのでまだリエちゃんは未成年なのです。


次の更新は18日(火)です。よろしくー


15日はコミカライズの更新日ですよー。時間は多分11時以降なのかな? ちょっと時間までは不明です。こちらもよろしくですー

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