606.直接言うわけにもいかないからもどかしい
N町の喫茶店である。コーヒーがうまい。
桂木妹の元カレもいたか。まずいというのには。
かわいいだけじゃなくて人懐っこいから余計に声をかけられやすくて、別に嫌な相手でなければ付き合うとかそんなかんじだったのだろうと思う。引いたカレシが外れだったのは運が悪かったんだろうけど、なんかかわいそうだよな。
本宮さんは俺の存在に戸惑っている様子だった。
そりゃあそうだろう。なんで従兄が知らない人を連れてきたんだと思うのが普通だ。
でもここで俺のことは気にせずに話してくださいと俺が言うのも違うと思う。俺はちら、と相川さんを見た。
「隼也(しゅんや)、佐野さんには俺が無理を言って付き添ってもらっている」
相川さんが口を開いた。俺って言った。
「? そう、なのか?」
「ほら、俺がストーカー被害に遭ってたのは知ってるだろ? いろいろあってその関係者がこっちに来て、その時一緒にいたのが佐野さんだったんだ。だからなんというか、佐野さんには悪いけど俺の精神安定に必要だから今でもたまに付き合ってもらっている」
「そう、なんですね……」
本宮さんはわけがわからないという顔をしていたが、それには俺も同意する。なんつーか、俺は相川さんのお守りのようなものなんだろう。ま、俺も本宮さんに対しては興味とか好奇心もあることは否定しない。
桂木姉妹は俺の妹のようなものだから、兄として怪しい人でないかどうか見極めなければ。
ってちょっと会った程度でわかるなら警察はいらないんだが。
え? うざいって? 俺は俺なりに心配してるんだよ。
「……ということは、俺がここに来たのは克己にとってそれぐらい迷惑だったってことか……」
察しは悪くないみたいだ。本宮さんは苦笑した。
「うちの山には絶対に来ないでほしい。あとはごみ拾いウォークなんだが」
「……ごみ拾いをするだけなのに何が問題なんだ?」
本宮さんが不思議そうに聞く。確かにただごみ拾いをするだけというのは間違ってない。
「克己、この間からなんか変だぞ?」
「……隼也は俺の従弟で、俺はお前のことをよく知っていると思っている」
相川さんが押し殺すような低い声を発した。
「? 知ってるだろう?」
「隼也は、今フリーなんだよな?」
「ああ。今は彼女はいないが……」
「好きな人はいるんだったよな」
本宮さんはちら、と俺を窺った。なんで知らない人がいるところでそんな話を始めたのかと思ったみたいだ。
「……ああ、今はどこで何をしているかも知らないけどな。だが俺が勝手に想うのは自由だろう?」
「ああ、相手に迷惑をかけなければ想うのは自由だ」
相川さんは頷いた。
「克己?」
本宮さんは訝し気な表情をした。
「……もしかしてお前、俺が彼女にストーキング行為をしているとか誤解してるんじゃないだろうな……?」
「そんなことは思っていない。隼也は、彼女がなんで店を辞めたのか知っているのか?」
「いや……バイトだしな。確か親御さんが辞めさせるって電話をかけてきたんだ。突然のことで申し訳ないと言っていた。その後もう一人辞めたから、もしかしたら何か揉めたのかもしれないとは思ったが」
本宮さんは言葉を濁した。
もう一人というのは彼女の元カレなんだろう。もしかしたら辞めた理由も知っているのかもしれないが、部外者の俺がここにいるからわからないように言ったのだと思う。
「それを聞いてどうしたいんだ?」
本宮さんがいらいらしているのがわかった。
「……俺にもわからないんだ」
「は?」
相川さんが桂木妹のことを本宮さんに伝えることはできないし、俺も現時点では伝える気はない。
「できればごみ拾いウォークにも参加してほしくないし、とっとと帰ってほしい。だがお前にそれを強制することもできない」
「はぁ……」
相川さんの素直な言葉に、本宮さんは考えるような顔をした。
「……ごみ拾いウォーク自体に問題があるんじゃなくて、もしかして参加者に問題があるのか?」
「……黙秘する」
「すみません、コーヒーのおかわりください」
俺は店員さんを呼んで、コーヒーをカップに注いでもらった。いい香りである。
「ありがとう」
そう礼を言ってから、俺は本宮さんを眺めた。
「ちょっといいですか」
「はい」
「ごみ拾いウォークにはうちのニワトリたちも参加するんですよ」
「ニワトリ?」
本宮さんはますます困り顔になった。
「ええ、うちのニワトリけっこう大きいんです。だから外部の人が参加して、勝手に写真とか撮られたら困るっていうのもあるんですよ」
「ああ、確かに珍しいと思ったら撮りそうですよね。俺はSNSとかやってないので写真等は撮りません」
「そうですか。それならいいんですけど」
お互いにっこりした。
「ごみ拾いには是非参加させてほしい。参加者にも、佐野さんのニワトリにも迷惑はかけないよ」
「……言質は取ったからな」
「ああ」
「佐野さん、付き合わせて申し訳ありませんでした。戻りましょう」
「アッ、ハイ」
コーヒーは本宮さんのおごりだった。相川さんのタメ口って初めて聞いたな。違和感はあったけど、なんだか面白くも感じたのは内緒だ。
喫茶店を出てからいつものスーパーに寄り、豚肉の大きめのブロックなどをいくつか買った。他のお客さんからぎょっとした目で見られてしまったが、そんなにN町には来ないから、気にしないことにしたのだった。
次の更新は13日(木)です。よろしくー
「山暮らし~」の冒頭に書籍の宣伝を付けてみました。今後情報が増えればそちらにも追加していく予定です。
本がもっと売れたらニワトリぬい作ってもらえるかなっ!? っていう欲望のまんまです(ぉぃ
さて、今回ストレス展開だなーとどきどきしているかもしれませんが、「ワケあって~」を読んでいる方はニヨニヨして待っててくださいねっ! そういうことですからねっ!(こら
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます