1100万PV記念SS「髪を切ってみたら」

 暖かくなってくると雑草の繁茂が凄まじくなるというのは、みんな知っての通りだろう。

 いろいろ伸びが早くなるのは草木に留まらない。

 人の髪もまたすごいスピードで伸びるみたいだ。


「あー……」


 俺は洗面所で自分の前髪を掴み、どうしたものかと考えていた。地元にいた時は近所の床屋まで行って、千円カットとかで切ってもらっていたが麓の村にはそんな便利なものはない。一軒昔ながらの美容院はあるけど、そこだと前髪だけと言って切ってもらっても正規料金を取られそうだ。

 前髪だけに三千円も取られるのはちょっと……。

 という貧乏性を発揮して、俺は鏡の前でハサミを持ってみた。


「あー……」


 結果、がったがたになった。

 どうにか体裁を整えようとすると更にひどくなりそうである。自分でこれ以上いじろうとしたら前髪がなくなりそうだったので、俺は泣く泣く断念した。そうだよ、俺はとんでもない不器用だって自分で知ってたじゃないか。


「ま、しょうがないか」


 そう呟いて切った髪を片付け、畑の世話をしようと表へ出た。

 表にはユマがいた。俺の姿を認めてトトトッと寄ってきてくれるのが嬉しい。ユマはいつも通りトトトッと俺に近寄ってきた。

 だが、2mぐらい離れたところで立ち止まり、コキャッと首を傾げた。

 いったいどうしたというのだろう。


「ユマ?」

「サノー」

「うん」

「カオー?」


 今度は反対側にコキャッと首を傾げた。うん、そんな仕草もかわいいな。


「顔? 俺の顔になんかついてるか?」


 髪の毛はちゃんと落としてきたはずなんだが。自分の顔に触れ、前髪の辺りに触れたら、前髪が塊でごそっと取れた。そういえば濡らしてやったから払えてなかった分があったらしい。


「キョ、キョキョエエエエ~~~~~ッッ!?」

「ええっ?」


 ユマが奇声を上げ、バッサバッサと羽を動かしながら駐車場の方へ駆けていった。俺もその声に驚いたけど、ユマはいったいどこまで行くつもりなんだろう。


「おーい、ユマ。さっき切った髪が付いてただけだからー!」


 そう言いながら追いかけたけどユマの駆けるスピードは思ったよりも早くて、駐車場まで追いかけていったもののすぐにその姿を見失ってしまった。


「おーい、ユマー!」


 山の中は意外といろんな音がしてどれがユマの立てている音なのかわからない。別の鳥の声も聞こえるし、リスとかが木を上る音も、虫が飛ぶ音などもする。山の中は思ったよりも騒がしかったりする。


「ユーマー!」


 何度か呼んでみたが、ユマは戻ってこなかった。そんなに驚いたのだろうか。


「ユマ、どこまで行ったんだよ……」


 むやみに探そうとすると俺が迷子になりそうだったので断念した。どんなに遅くても夕方には戻ってくるだろう。きっとその頃には落ち着いているはずだと思うことにし、畑の手入れをし始めた。

 つってもうちの畑にはまだ小松菜ときゅうりしか植えてないのですぐに手入れは済んでしまった。


「ユマー、本当にどこ行ったんだよ……」


 こんなことなら金をケチらず村の美容院に行けばよかったと後悔し始めた頃、ポケットに入れていたスマホが震えた。


「ん?」


 見ると相川さんからのLINEだった。

 なんだろうと見てみると、


「えええええ」


 どうやらユマが相川さんとの山の境まで行ったらしい。そこでリンさんを呼び、リンさんが相川さんを呼んだみたいだ。

 慌てて電話をする。相川さんはすぐに出てくれた。


「相川さん、すみませんっ!」

「どうかなさったんですか? リンはわかっているみたいなんですが、内容がうまく伝わらなくて……」


 ということでかくかくしかじか話してみた。


「ははあ……ということは、ユマさんは佐野さんの髪の毛が抜けたことでパニックを起こしたと?」

「……だと思います」


 お騒がせして申し訳ないと思う。やっぱりこんなことなら(以下略)


「前髪ってうまく切れませんよね」

「そうなんです」


 相川さんが笑う。


「佐野さん、よろしければ僕が切りましょうか?」

「ええっ?」


 そんな申し訳ないと思ったが、ユマが落ち着かないみたいだと聞かされればこのままにしておくわけにもいかない。おそらくユマは前髪がガタガタなのを見て最初は首を傾げていたのだろう。特に予定もないので、ということで相川さんが来てくれることになってしまった。


「お、おもてなし……つっても煎餅ぐらいしかないし……」


 うろうろしている間にユマがツッタカターと戻ってきた。


「ユマあああ!」


 ユマは戻ってきてくれたが、やっぱり髪型が整うまでは2mぐらい離れ、そこから近づいてはくれなかった。ううう……。


「……ありがとうございます。今後は村の美容院に行きます……」

「え? そんなことしなくていいですよ。言ってくれれば僕が切りますし」

「でも悪いですし……」

「これからも時々タマさんとユマさんの卵を食べさせていただければいいですよ」


 相川さんはそう言って爽やかに笑んだ。

 髪型が整ったらユマが近寄ってきてくれて、俺にすりっとすり寄ってくれた。ああもうかわいい、ユマかわいい。


「じゃ、じゃあこれからもよろしくお願いします……」


 ユマの為ならば意志の弱い俺だった。


おしまい。



村の美容室に行った場合、そこのおばあちゃんがただで前髪は切ってくれます(笑)

それもなんだか悪いので美容院には行けない佐野君でした。

楽しんでいただけたなら幸いです。


次の更新は14日(火)です。

これからも「山暮らし~」をどうぞよろしくお願いします。

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