523.雨が降っている山の中は危険だと思う

 秋本さんはうまくつかまったらしい。結城さんと来てくれるという話なので、ポチとタマにはもう少し待ってもらうことにした。

 ポチはそれでも落ち着かないらしく足をタシタシさせている。勝手に走って行ってもお前だけじゃ回収できないだろ? と羽を撫でた。秋本さんが来る前に必要そうな道具を再度確認し、お茶を淹れた。


「お、ありがとな。どうも梅雨は冷えていけねえよな」

「そうですね」


 おっちゃんの言葉に相川さんと共に頷いた。村ではそうでもないらしいのだが、山の上は雨が降ると冷える。湿度は高くなるが気温が一気に下がるのだ。だからなんか寒い。

 おっちゃんと相川さんはお茶を大事そうに飲んだ。俺ってば気が利かないなと漬物を慌てて出したりした。久しぶりなことでどうも落ち着かない。そうしているうちに車の音がした。

 おっちゃんは来る時に麓の鍵を閉めなかったらしい。一応開いているとはわからないようにしてはくれたみたいだ。何から何まで、本当に頭が上がらないと思う。


「ちょっと見てきますね」


 表へ出る。果たして結城さんと秋本さんが来てくれた。


「やあ、佐野君。シカが二頭だって? 君のところのニワトリは本当にすごいな!」

「来ていただいてありがとうございます。まだ憶測なんですけど、何せニワトリが狩ったみたいなので」

「そうかそうか!」

「下の柵のところ、鍵かけてきてしまいましたがよかったんですよね?」


 結城さんに聞かれ、ありがとうございますと礼を言った。こんな雨の日だが誰も勝手に入ってこないとは言えないし。そう考えると田舎も物騒だなと思う。

 おばさんには戸締りはしっかりしてもらうように言わないと。

 さて、シカである。


「実際シカが獲れてたらどうしたい?」

「できればいつものように宴会とかでみなさんに振舞いたいんですけど……」

「じゃあうちだな」


 おっちゃんが楽しそうにガハハと笑う


「それはありがたいんですが、おばさんに許可を取ってからにしましょう」

「昇平は細けえな!」

「調理するのは俺たちじゃないんですから、聞かないと失礼ですし」

「ま、本当に獲れてからだな。ポチ、タマ、先導頼むぞ!」


 ココッ! と四阿にいた二羽が返事をした。


「そういえば、ひよこが産まれたって聞いたんですけど……」


 結城さんがおずおずと言う。そういえば全然見せていなかった。


「あ、連れてきますね」


 家のガラス戸を開けたらすぐ目の前にメイがいた。困ったひよこである。


「メーイ、だめだろ。勝手に出てこようとしちゃ」


 掬い上げて秋本さんと結城さんに見せた。


「お、かわいいなぁ」

「かわいいですね」


 二人は途端に笑顔になった。


「あ、でも。ポチさんたちみたいにやっぱり尾はあるんですね」


 結城さんはすぐに気づいたらしい。


「つーことはやっぱ恐竜なのか? こういう種類なのかもしれないな。獣医には見てもらったのかい?」

「はい。S町の木本医師には診てもらいました。木本医師は羽毛恐竜なのではないかと言っていましたけど、どうなんでしょうね」


 クァーッ! とポチが鳴いた。早くしろと言っているみたいだった。すまない。獲物を放ってきてるんだもんな。


「ポチ、すまん」

「おお、悪いな。じゃあ行くか」


 おっちゃんもにこにこしながらメイを見ていたが頭を掻いた。


「ポチさん、僕たちが付いていける速度で先導してください。雨なのでいろいろ滑ると思います。よろしくお願いします」


 相川さんの言葉にココッ! と二羽が返事をする。そしてみな準備を整えると北の方へ向かって行った。

 俺? 俺は足手まといだから留守番だ。付いていこうとしたらみんなして止めるんだもんな。まぁ、ポチやタマにぐいぐい追いやられたってのもあるけど。


「そんなに俺って頼りないかなぁ……」


 雨ということもあってか、空が暗くなってきたのが早い気がする。完全に日が落ちる前に、無事みんなが戻ってこられますように。山の上に向かって俺は祈った。

 雨の降り方は変わらない。みな戻ってきたらすぐに帰るだろうか。時間によってはそうするだろう。

 メイと共に家に入る。メイもあまり雨に濡れるのは気にならないタイプのようだった。

 ユマは玄関のすぐ横にいた。いつでも出てこられるようにだろう。メイの面倒を見てくれて本当にありがたいと思う。一歩後ろに控えているようなその姿はとても健気だ。偶然かもしれないけど。


「ユマ、いつもありがとうな」


 ユマはナーニ? と言うように首をコキャッと傾げた。かわいい。とっても大きいけどやっぱりかわいい。

 タオルでメイを拭き、乾いたタオルを出したり、必要ないかもしれないけどみそ汁を作ったりとできることをすることにした。

 みんな無事に帰ってきますように。

 神棚にもお酒とごはんをあげて祈ってしまった。ごはんは炊きたてじゃなくてすみません。

 しつこいと神様には思われるかもしれないけど、俺にはそうすることしかできないから。


「……あれ?」


 なんだか少しガラス戸の向こうが明るくなってきたように見えた。もしかしたら雨が止んだのだろうか。そうだったらいいなと思った。

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