481.それは出来心だったのです
寝る前にでっかいダンボールの箱を土間に設置した。
その中に保管しておいた卵をまとめて置く。これでユマかタマが抱卵してくれればいいなという希望的観測である。抱卵しないならしないで諦める。そうしたら来月辺り孵卵器を買うか借りるかして試してみてもいいだろう。なんていうかもう、うちのニワトリたちの子が見たいんです!
それに、コイツらから産まれた卵ってどういう風に成長するのか気になるっていうのもある。まぁ夏休みの自由研究程度だけど、記録をつけられたらつけてみよう。
おっと、とらぬ狸のなんとやらだった。まずは抱卵してくれるかどうかにかかっている。
んで、翌朝どきどきしながら居間に向かったら。
「ユマ?」
ダンボールの中にもふっと座っていたのはユマだった。タマは我関せずとツーンとしている。
「ユマ、温めてくれるのか?」
「タマゴー」
「うん、そうだな」
タマの卵はまた無造作に転がっている。それもユマに断ってユマの羽の下にしまった。一羽ぐらい孵化してくれないかなと願う。でも、卵全部孵化したらどうしようってのもあるんだよな。そしたら短期でもいいからどっかでバイトしよう。それぐらいの覚悟は必要だ。
どういうわけか知らないが、ニワトリは抱卵している間はほぼ飲まず食わずになり、卵も産まなくなるらしい。改良されたニワトリはそんなことはないらしいが、ユマはどうなんだろうな。
「ユマ、ごはんは?」
ユマの側に台を置き、餌を入れたボウルを置いた。もちろん水を入れたボウルも置いた。ユマは両方とも少しずつ食べて飲んだだけで、
「アリガトー」
と言った。
「えええ? そんなもんでいいのか?」
ちょっと心配になった。どうしてもうちのニワトリたちの子が見たいという俺のわがままで、もしかしてとんでもないことをしてしまったのではないかと不安にかられた。急いでS町の獣医さんに電話をかけた。
「え? 佐野君ちのニワトリが抱卵? それは見たい! とっても見たい!」
「ええと……連れ出すってことはできないんですけど……」
「じゃあ明日っ! 明日行くからっ! ああもうなんで今日は診察があるのかなああああ!!」
木本医師はとても元気だった。明日は来てくれるというのだからいいだろう。ユマの羽を撫でる。
「ユマ、おなかすいたらちゃんと言うんだぞ? ここに置いておくからな?」
「ワカッター」
返事はいつも通りだ。そしてポチとタマはとっとと遊びに出かけた。アイツらは本当に薄情だよな。まぁ、抱卵しないならそういうものなのかもしれないけど。
俺は家事をできるだけ早く済ませてユマの側にいた。ユマはおとなしく目を閉じている。時折目を開いては、
「サノー」
と声をかけてくれる。その度にそっとユマの羽を撫でていた。
抱卵って三週間ぐらいかかるんだっけか。こんなことならやっぱり孵卵器を買えばよかったな。でも、孵卵器にユマとタマの卵ははたして入っただろうか。でっかい卵用の孵卵器なんて多分ないよな……。
夕方、いつも通りポチとタマが帰宅した。それほど汚れてはいなかったのでほっとした。今日はできるだけユマの側にいたかったのだ。
ユマは昼も夜もあまり動かず、立ったのは排泄をする時だけだった。外に出て排泄してすぐ戻ってくるという徹底ぶりである。ごはんも水も本当に少しずつ食べて飲んだだけだ。
「ユマ、お風呂は?」
「オフロー、ナイー」
「えええええ」
あんなに毎日風呂に入りたがったユマが風呂に入らないなんて! 水浴びも砂浴びもしないらしい。家の中だから確かに汚れないけどな……。一応羽に風を多少当てたりとか、顔を拭かせてもらったりはした。
で、夜も居間で寝ようとしたらタマに怒られた。
「サノー、アッチー」
「え? でも俺、ユマが心配なんだよ」
「サノー、アッチー」
散々つつかれて居間から追い出された。タマさんひどいです。
「ユマああああ!」
「ダイジョブー」
「なんかあったら呼べよ!」
と言い残してすごすごと部屋へと戻った。こんなことならずっと居間で寝ているんだった。風呂に入り、まんじりともせず夜明けを迎えた。
よくわからないけど、ユマが無事ならそれでいい。いや、どう考えても無事なんだろうけど、あれだけばくばく食べてたユマがいきなり小食になったらビビるだろ?
ふらふらと居間へ向かうと、タマが卵を産んでいた。これは……食べるかとありがたくいただいて籠へ入れる。毎日ユマのおなかの下へ入れるわけにはいかないし。
「おはよう……」
「オハヨー」
「……オハヨー」
「オハヨー」
「今日は獣医の先生がくるから、ユマは診てもらおうな」
そう言ったら、何故かポチがうろうろしはじめた。
「サノー!」
「ん? ポチ、どうしたんだ?」
「ゴハーン!」
「ああうん、用意するけど……」
何をそんなにポチは慌ててるんだろうなと思いながらニワトリたちの餌を用意した。ユマのは少し減らして出す。それでも残した。やっぱり心配だなと思ったけど、何故か家のガラス戸の前にポチがいた。今にもガラス戸を壊して出て行ってしまいそうである。
その羽をタマが引っ張っていた。
「ん? ポチはどうしたんだ?」
「ポチー、イシャー、イヤー」
タマが教えてくれた。
「ああ……確かに身体測定とかしてほしいよな」
そう呟いたら、ポチはなんとガラス戸をがんがんと嘴でつつき始めた。
「あっ、こらっ! ポチ、やめろ!」
「アソブー!」
結局どうしてもというわけではなかったので表へ出した。ポチの後をタマも追う。その背中に、
「今日は大丈夫だからなー」
と声をかけた。タマが無理矢理連れて帰ってきても困るだろうし。と思ってから、タマは俺の大丈夫をどっちの意味に取っただろうかと考えて頭を抱えたのだった。
連れて帰ってこいって意味にとってたらどうしよう。
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