472.翌朝、胃もたれはしていなかった。セーフ?

 胃もたれはしていないが、食べ過ぎたのはわかった。

 そんな朝である。

 相川さんは先に起きていて今日も爽やかだ。だからいったいどうなってるんだよ。


「おはようございます、佐野さん」

「……おはようございます」


 昨夜、そんなに飲みはしなかった。つか飲んでたら料理が入らなかった、多分。どれもこれもおいしかったはおいしかったんだが、今日同じものを出されたら逃げ帰るだろう。ごちそうというのはたまにだからいいのだ。

 洗面所で顔を洗って玄関の隣の居間に顔を出した。一応布団は畳んできている。


「おはようございます」

「あら、昇ちゃんおはよう。昨夜はかなり食べてたみたいだけど、大丈夫だった?」


 おばさんは元気に台所で何やらしていた。


「はい、おかげさまで」

「ニワトリたちならもう畑の方へ行ってるわよ」

「ありがとうございます」

「こちらこそ、タマちゃんとユマちゃんの卵、ありがとうね~」


 今朝も産んだらしい。喜んでもらえてよかったよかった。

 居間ではおっちゃんが新聞を読んでいて、相川さんがご飯を食べていた。


「おう、昇平、起きたか」

「佐野さん、先にいただいてます」


 昨夜はお客さんがそれなりにいたが、今日は静かなものだ。


「卵、もらってるぞ」


 おっちゃん、にこにこである。


「ええ、どうぞ」


 贅沢に一個を二人で分けたようだ。厚切りのハムエッグである。なかなかのボリュームだった。いつも通りおばさんから梅茶漬けをいただき、一息ついた。なんでこう、飲んだ翌日の梅茶漬けはうまいんだろうな。(定期)

 漬物もハムエッグもおいしかったです。


「昇平、昼は蕎麦でいいか?」

「はい、いただきます」


 蕎麦と言ったらおっちゃんが打つ蕎麦だ。田舎の退職後のおじさんはみんな蕎麦職人になるような気がする。でもなんで蕎麦なんだろうな。おいしいからいいけど。

 表はいい天気だ。全然外に出る気がしない。まだ胃が重い気がする。


「好きにしてていいわよ~」


 と言われたので庭側の居間でごろごろしていた。うん、怠惰。

 なんかでも、家だと昼寝はしてる時もあるけどごろごろしてることってあんまりない気がする。まぁ山だしな。やることが多くてごろごろしていられないのだ。


「昇平よぉ~、今年はマムシは少ねえのか?」

「少ないですね」

「一匹ぐらい融通できねえか?」

「そこらへんの交渉はニワトリたちにしてください」


 俺に言われてもな。危ないからできれば捕まえたくないし。おっちゃんがうちに来てる時にたまたまユマがマムシを捕ったのに出くわして、それで譲り受けるってことは可能だろうけど。でも今年はあんまり見ないからニワトリたちも譲るのは嫌だろうしな。


「ニワトリと交渉か……」

「真面目に考えないでくださいよ……」


 どんだけマムシ酒を造りたいんだか。


「そうだ! 今年もスズメバチが飛んでたら知らせろよ」

「スズメバチ酒ですか……」


 まぁ、危ないから知らせるけどさ。でもそれでおっちゃんが刺されるとかも勘弁してほしいんだが。


「湯本さんはアクティブですね~」


 相川さんが笑って言う。違う、おっちゃんの場合はアクティブじゃない。アグレッシブだと思う。やだやだ。


「昇平、なんか今お前おかしなこと考えなかったか?」


 なんでこういう時だけ察しがいいんだろう。


「気のせいでしょ」


 いい天気すぎてかえって眠くなる。GW中だけど、今日は平和だなと思った。

 やがておっちゃんが蕎麦を縁側で打ち始めて、よくある田舎の風景を拝めてなんか嬉しかった。そういえばニワトリたちって、畑で何やってんだろうな。畑はそれなりに広さがあるとはいっても所詮畑だから、退屈してないかなと思った。退屈ついでに山なんか登られた日には目も当てられない。


「ちょっと、ニワトリたちの様子を見てきます……」


 つっかけを履いて畑の方へのんびりと移動した。三羽は思い思いの場所をつついていた。杞憂でよかったと思う。ちょっとニワトリがでかいことを除けば平和な光景だった。なんとなくスマホで撮影してみる。ユマがそれに気づいたようだった。

 トットットッとユマが近づいてきた。


「ユマ」


 ココッとユマが返事をしてくれた。本当にうちのニワトリは頭がいい。以前ポチがやらかしたことはあったが、あれ以来人前ではしゃべったりしない。しゃべるのは「おかしい」のだとわかっているようだった。


「夕方になる前には帰るからな」


 そう言いながら羽を撫でさせてもらった。帰ったらお風呂に入れてあげよう。ユマはお風呂が好きだから。

 そんなことを考えながら、俺はゆっくりとユマの羽を撫でた。

 そうしているうちに太陽が中天にさしかかった。昼である。


「また後でな」


 声をかけて離れる。ユマのつぶらな瞳が置いてっちゃだめ、と言っているようだった。ううう、ユマがかわいくてたまらん。

 ユマに後ろ髪引かれながら縁側から居間に上がった。


「おう、どうだった?」

「ニワトリたちはおとなしく畑をつついていましたよ」

「まぁ昨日の今日だから満腹だろうよ」

「それもそうですね」


 蕎麦の生地は少し寝かせているようだ。


「うまい蕎麦食わせてやるから、たんと食えよ」

「……はーい」


 おいしいはおいしいんだけど、今の俺に食べられるかな?

 ちょっと心配になった。

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