400.養鶏場のお客さんに会いまして

 養鶏場に着いたらすでに何台か軽トラが停まっていた。

 秋本さんたちは解体して持ってくるだけで、今回は宴会には参加しないそうだ。シカ肉は二日以上経っているので朝には運んできてくれたらしい。今はおばさんとお客さんが調理をしているのだと松山さんが教えてくれた。


「え? お客さんが料理をされるんですか?」

「うん、隣村でレストランを経営している方なんだ。シカ肉の調理もお手の物だというからうちのがシカ肉料理を教えてくれって頼んだんだよ。ほら、鶏料理は得意だけどシシ肉とかシカ肉はあまり手に入らないだろう?」

「ははは、そうですね」


 最近うちの食肉のほとんどがジビエだとはとても言えない。

 今日の養鶏場は驚きに満ちていた。

 まず、そのお客さんの奥さんがトラに乗っていた。何を言ってるかさっぱりわからないと思うが言った通りの光景があったのだ。

 そのトラを診ている獣医の木本先生の姿もあったので俺はどうにか軽トラを下りることができた。そうでなければ来た場所を間違えたと思ったかもしれない。それぐらい衝撃的な光景だった。


「やあ、佐野君。この辺りの村はいいね。わくわくが止まらないよ~」


 木本医師は本当に嬉しくてならないというようにトラを診ていた。トラはとても大人しかったが、なんとも恐ろしいものだと思った。


「ご無沙汰してます。あの……ニワトリたちを下ろしても大丈夫でしょうか」

「大丈夫だと思うよ」


 ちょうどその時松山さんが出てきて、トラはお客さんの飼い猫なのだと教えてくれた。いや、猫じゃないだろ。絶対トラだろ。超トラ柄だし。内心ツッコミは入ったがいちいち指摘するほどのことでもない。

 お客さんの奥様だという女性はトラから立ち上がるとペコリと頭を下げた。


「初めまして、こちらの養鶏場で鶏を買わせていただいてる山唐(さんとう)と申します。夫は今こちらの奥様の調理の手伝いをさせていただいています。それから、これはうちの飼い猫のトラです」


 俺もつられて頭を下げた。


「こちらこそ初めまして。こちらの養鶏場で餌と鶏肉を買わせていただいてる佐野と申します。こっちのでかい三羽はうちの鶏で、ポチ、タマ、ユマといいます。よろしくお願いします。トラさん、ですか。挨拶させていただいても?」

「え? トラに挨拶? え、ええ……いいですけど……」


 山唐さんの奥さんは戸惑ったようだった。


「トラさん、ですか? でかいニワトリが三羽いますがよろしくお願いします」


 目は合わせないようにして挨拶すると、「に゛ゃあ?」とダミ声が返ってきた。まぁトラならに゛ゃあとは鳴かないかもしれない。ってことはやっぱりこれは猫なのか? かなりの大きさだけどと疑問ばかりがつのった。

 ニワトリたちは最初トラ君を警戒していたようだが、人懐っこく近寄ってくるのを見てそっと近づいたりしていた。そしてそのうち何故か追いかけっこを始めた。楽しそうでいいのだが、全てのがたいがでかいので怪獣がじゃれているようにしか見えない。ある意味恐ろしい光景だった。


「わー、トラ君楽しそう……遊んでいただいてありがとうございます」

「い、いえ……」


 そうしているうちに相川さんや桂木姉妹の軽トラが入ってきた。


「うわぁ……どうしたんですか、これ」

「ええと、松山さんのお客さんのところはどうも猫を飼っているみたいで……」

「猫!?」


 さすがの相川さんも目を剥いていた。

 桂木姉妹もおそるおそる下りてきた。


「佐野さん……あれってトラですよね……?」

「いや、猫みたいなんだよな」

「えええ?」

「でっかい猫さん? かわいーい!」


 桂木妹は今日も絶好調だ。その明るさに救われる。

 ニワトリたちとトラ君はすぐに戻ってきた。そこをどこから現れたのか木本医師がバッと出てきてポチを抱きしめた。


「キョエエエエエエエッッッ!!?」


 ポチが奇声を上げて走り出す。木本医師が振り落とされないか心配になったが、けっこうがっしり掴まっていてそう簡単に落ちそうもなかった。


「おーい、ポチ止まれ~」


 走って逃げて行こうとするポチをトラ君、タマ、ユマが通せんぼしてやっとポチは止まった。


「いやー、ポチ君ごめんねー。でも捕まえてないとポチ君逃げるよね~」


 よくわかっていらっしゃる。でもいきなり抱きつくのは危険だと思った。木本医師も大概非常識である。


「佐野君、僕の鞄持ってきてくれるかな~」

「どちらですか?」

「松山さんちの玄関にあるよ~。悪いね」


 言われた通り鞄を持ってきて、「開けて」と言われたので鞄を開けたら木本医師は片手で何やら取ったかと思うとポチに触れた。

 ぷす

 と、音がしたわけではないが、注射器のようなものが見えた。


「ありがとねー。じゃ、タマちゃん、ユマちゃんもね~」


 木本医師はあっさりポチから離れると、さっさとタマとユマにも刺して終えてしまった。

 そういえば予防接種を頼むと松山さんに言ってあったのだった。もちろんお金は払ったけど、一連の流れを見た桂木妹が面白がって、その後は何故かトラ君と遊んでもらっていた。

 宴会前なのににぎやかだなぁと思う。今日はどんな料理が食べられるのかとても楽しみだった。


ーーーーー

とうとう400話まできましたー! でもまだ続くという。。。

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