386.おっちゃんちで留守番してる

 翌朝は残念ながらタマとユマは卵を産まなかったそうだ。おばさんが残念そうにしていたがこればかりは生き物だからしょうがない。

 戸山さんは昨日の今日だったが見回りに行くそうだ。


「ポチとタマちゃんの雄姿を見るのが楽しみだからね」


 とにこにこしながら言っていた。そういうことならお願いしますと頼んだ。

 今日はどうしようかなと思ったが、力仕事がけっこうあるようなことをおばさんに聞いたので手伝うことにした。


「ちょうどいいから倉庫の整理もしようかしら」

「いいですよ。手伝います」


 ユマは畑の方で適当に過ごすことにしたようだった。

 今日もおっちゃんは山に上るらしい。


「こんな楽しいこと傍から見ててたまるかよ!」


 とおっちゃんはウキウキしていた。


「……おばさん、おっちゃんってギックリ腰とかは?」


 心配になり、こっそりおばさんに聞いてみた。


「なったことあるのよね……三日ぐらいで動きだしたけど、またなられたら困るわね……」

「その時は手伝いにきますよ」

「それは助かるわ」


 そんなことを言いながらポチとタマを送り出した。今日は西側の隣山を重点的に回ることにしたらしい。その前に隣に顔を出して少し話をしてから行くようだった。まだ寒いがもう春である。せっかく種を植えた畑を掘り返されてはたまらないだろう。共存していくのは難しいよなと改めて思った。

 おっちゃんちは平屋建ての広い家だ。その他に倉庫が二つある。それらの倉庫の中身を出してボロボロの物はもう捨てようと考えていたそうだ。


「おじいさんの代から住んでるからどうしてもガラクタが多くてねえ」

「溜め込んじゃいますよね」


 俺も苦笑した。山の上の家の倉庫の中にもいろいろある。今度しっかり中身を出して整理しなくてはいけないなと思った。


「でももう息子たちもここへは帰ってこないだろうから」


 さらりとおばさんが言う。確かにその可能性はあると思った。さすがに同意はできなくて、「こんな立派な家なのに」と呟いてしまった。


「町へ出たらこんな不便なところへは戻ってこないわ。年取ったら帰ってきたくなるかもしれないけど、医者にかかるようになったらこんなところ不便でしょうがないしねえ」


 年を取れば取るほど医者にかかるようになる。そう考えると山間部は確かに不便だ。入院することになればここにはいられないだろう。


「昇ちゃんは若いからまだわからないだろうけどね~」

「そうですね。多分、その年にならないとわからないような気もします」


 その年になっても自分が丈夫ならわからないかもしれない。どうしたって自分が基準だから、もう少し人を思いやれたらいいとは思う。

 倉庫の奥に入っていた、いつのものかわからないような椅子はさびてボロボロになっていた。


「まとめて運ぶようかねえ」

「ごみ処理場に運ぶぐらいはしますよ」

「昇ちゃんは優しいわね。いつもありがとうね」


 おばさんが笑って言う。


「そんな」


 助けてもらっているのはこっちの方だ。実の子ではないのにとても便宜を図ってもらっている。みんな俺のことを甘やかしすぎだと思うのだ。


「できることをしているだけですから」

「それが嬉しいのよ。使えそうな物があったら持ってっていいからね。なさそうだけど」


 おばさんはまた笑った。

 捨てるものをまとめて倉庫の脇に出した。意外と働いたようで、気が付いたらけっこう汗をかいていた。


「そろそろお昼にしないとね。昇ちゃん、よかったらお風呂入っちゃってちょうだい。風邪引くといけないから」


 おっちゃんちの風呂は24時間入れるのだ。別に一番風呂とかそういうのはないので少し汗を流させてもらうことにした。


「ユマー、もう少ししたら飯だから庭にいてくれー!」


 畑の周りで何やらつついているユマに声をかけたらドドドドドと駆けてきた。うん、一羽だけでもでっかいニワトリがどんどん近づいてくるのって普通に怖いな。でもユマはそのまま突進してくることはなく、手前でスピードを落として止まった。


「ユマ、ちょっと中に入ってるからこの辺りで待っててくれ」


 ココッ! とユマが返事をする。その羽を何度か撫でて俺はおっちゃんちの中に入った。


「お風呂いただきますねー。ユマが庭に来てます」

「はーい、わかったわー」


 倉庫の整理をするだけじゃなくて、ごはんの支度までしてくれるんだから本当にありがたいよな。汗をざっと流して風呂を出た。


「ありがとうございます」

「ユマちゃんにごはんあげたわよ~。私もちょっと汗流してくるわねー」

「はーい」


 ごはんは用意できていると聞いたが待っていることにした。一人で食べるのもアレだし。


「もう、食べててもよかったのに~」


 そう言いながらもおばさんは嬉しそうだった。シシ肉の角煮、圧力鍋で煮た後も煮続けたそうで脂身が箸で切れるぐらいになっていた。


「おばさん、これすごいです!」

「おいしいでしょう?」


 おばさんはそう言っていたずらが成功した子どものような顔で笑った。

 角煮を作るのもいいなと思う。倉庫に圧力鍋はあっただろうか。

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