379.久しぶりに大蛇も一緒に
自分の母子手帳は見つからなかった。
母さんにLINEを入れたら、もしかしたら渡してないかもしれないから探しておいてくれるという。
「公費で受けられるのは全部受けさせたとは思うのよね~」
「それならいいけど」
「でも母子手帳なんてどうしたの? もしかしてアンタ、破傷風とかなったんじゃないでしょうね?」
「なってない。なってないから」
一応こっちに来る前に破傷風の予防接種を念の為受けたし。そうでなくとも小さい頃にしっかり三種混合を受けていたなら、10年は免疫があるはずだ。たぶん。
翌々日は相川さんと出かけた。
帰りにおっちゃんちに寄るように言われた。
「なんだろう?」
「石灰をいただけることになりまして」
相川さんが教えてくれた。毎年畑用にまとめて購入しているから分けてくれるのだという。ありがたい話だと思った。でもなんで俺に直接言わないのか。あれか、言ったつもりってやつか。
まだ寒いけど畑の準備はしないといけないし、木の枝打ちもしないといけないし、ってやっぱりやること多いな。
「相川さん、やっぱ枝打ちって下の方の枝を切ればいいんですかね」
「そうですね。長く縦に伸ばすのでしたら枝打ちは必要だと思います。切った枝は乾かして保管しておけば薪にもなりますし。今は木自体の商品価値は落ちていますけど、山の管理は必要ですね」
相川さんが言いながら一瞬遠い目をした。もしかしておっちゃんとこの山の件だろうか。
買物にはユマが着いてきてくれた。そしてなんと、今日は久しぶりにリンさんも来てくれることになった。
「リンさん、お久しぶりです。もう下りてきても大丈夫なんですか?」
「ユマ、アウ」
ユマに会う為に来てくれたとか感激である。リンさんはいい大蛇だ(?)。
「ありがとうございます」
軽トラに乗ったままのリンさんに頭を下げた。リンさんは今日は暖かそうなコートを着ていた。ベージュの、カシミヤっぽいコートである。それに赤いマフラーをしていた。
「リンさん、寒くないですか?」
「ダイジョブ。サノ、イイヒト」
表情は動かない。声も単調だけどリンさんに少しは好意を持ってもらえているようで嬉しかった。
N町のいつもの駐車場に軽トラを停めて、少しだけ窓を開けた。リンさんとユマがおしゃべりをできるようにである。女子同士積もる話があるようだった。
銀行に行ったりといろいろ用事を済ませ、最後にスーパーに寄って買物をした。大型のスーパーなので、ホームセンターではないがいろいろな物が買えるのだ。シーフードミックスや魚介などを中心に買っていく。この間おっちゃんちで寿司をごちそうになったことで、またなんとなくシーフードが食べたくなったのだ。調味料などもいろいろ買い込み、ユマにあげる野菜とお弁当を買って軽トラに戻った。
「ただいま、ちょっと待っててくれ」
持ってきたクーラーボックスに買ったものを詰めてから相川さんが戻ってくるのを待った。それほど待つことなく相川さんが戻ってきた。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いえ? 今さっき俺も戻ってきたところですよ」
リンさんとユマの邪魔をしないように外で待っていただけである。相川さんの準備ができてから軽トラに乗って昼飯を食べた。市販の弁当というのもたまに食べるとすごくおいしく感じられるものだ。以前相川さんに教えてもらった、村でお弁当を売っている店は冬の間はやっていないらしい。事前に予約しておけば作ってくれるらしいが、そこまでして弁当を食べたいかと言われるとそうでもない。気軽に買えるから買うというかんじだ。
「リン、ユマさんと話はできたのか?」
「タノシイ」
リンさんが答えてくれた。
「ユマ、リンさんとどうだった?」
「タノシイ~」
仲が良くてけっこうなことである。ユマには小松菜をあげた。バリンバリンと助手席で食べられているが音が怖い。嘴の中は鋭い歯でいっぱいなのだ。絶対先祖帰りに違いない。
「おっちゃんちの手土産にシュークリームを買ったんですけど……」
「真知子さんは食べるんじゃないですか?」
「ですよね」
手土産を持参したら怒るとは言われているがシュークリームぐらいはいいだろう。いらないというなら俺たちが食べればいいし。N町からの帰り、今日は和菓子屋には寄らずまっすぐおっちゃんちに向かった。
「今日は陸奥さんたちはどうされてるんですか?」
「僕が参加しないので休みですね。無理は禁物なので」
「そうですね。無理はしない方がいいですよね」
陸奥さんもけっこうな年だしな。つっても
「陸奥さんはともかく、戸山さんがバテてしまいますから」
「ああ、そうですね」
言われてみればそうだった。
おっちゃんちの駐車場で軽トラを下りたら、外で作業していたらしいおっちゃんがやってきた。
「おお、昇平来たか。石灰持ってけよ~。使うだろ?」
「はい、ありがとうございます」
「相川君の分もあるからな。どれぐらい使うか言ってくれ」
「助かります」
「いくらですか?」
石灰の値段なんて想像もつかない。
「いらねえよ。いつも世話になってるからな!」
「世話になってるのはこちらだと思うんですけど……」
じとーっと見たけどおっちゃんはガハハと笑うだけだ。
ユマは軽トラを下りたけどリンさんの近くにいる。またきっとおしゃべりをしているのだろう。
「あ、これ。町で買ってきたんでおばさんに」
「おお、ありがとなー」
で、そのまま家に上がらせられた。
「だから! 手土産はいらないって言ってるでしょうが! ……あら、シュークリームなのね……みんなで食べましょう」
おばさんがいそいそと紅茶を淹れてくれ、みんなで食べた。一応シュークリームは六個買ってきた。おばさんは残りの二個をいそいそと仏壇に上げた。後でおっちゃんと二人で食べてくれると思う。
「全くもう、言うことを全然聞いてくれないんだから」
おばさんはそう言いながらも嬉しそうだった。よかったよかった。
おっちゃんちからの帰りに、相川さんに言われた。
「もしかしたら……明日か明後日にはポチさんたちに声をかけるかもしれません」
「わかりました」
やっぱりおっちゃんちの隣山の土地が問題なのかもしれない。山の手入れはできるだけしていかないとなと思った。
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