374.争いの原因は卵らしい

 村と山では気温が違うことは間違いないし、みんな同じ部屋で寝ているから温かく感じられるのだろう。

 オイルヒーターをつけているからうちもそれなりに暖かいのだが、ここの暖かさとは違うなと思った。

 朝である。今朝は世界は白くなかった。昨日スマホで天気予報もチェック済である。

 俺は上半身を起こし、少しぼーっとした。

 廊下を歩く音がして襖が開く。


「あ、佐野さん起きていらしたんですか。おはようございます」

「相川さん……おはようございます」


 相変わらずのイケメンっぷりだ。相川さんは、いびきをかいて寝ている陸奥さんと戸山さんを見やり、にっこりした。


「佐野さん、ごちそうになりますね」


 それでなんか意味がわかった。


「ええ、どうぞ……」


 今朝もタマとユマが卵を産んだのだろう。みんなアイツらの卵好きだよな。俺も好きだから異論はないけど。

 布団を畳み、着替えをして顔を洗って……と玄関横の居間に顔を出した時には、みんなにこにこしながらハムエッグを食べていた。俺の分もあるみたいだった。


「おはようございます」


 声をかけるとおばさんが上機嫌で振り向いた。


「おはよう、昇ちゃん。ニワトリたちは畑へ行かせたわよ」

「ありがとうございます」

「タマちゃんとユマちゃんの卵、いただいてるわよ~」

「ええ、どうぞどうぞ」

「一個一個が大きくていいのよね~」

「ああ、うまいしな」

「おいしいですよね」


 二つの卵を四等分したようだ。うちのニワトリの卵は大きいから一人半分でもけっこうなボリュームがある。


「昇平んとこで食べた親子丼もうまかったなぁ」


 おっちゃんがにこにこしながら言う。するとおばさんがこちらを見た。


「まぁ、昇ちゃんが親子丼を作ったの? タマちゃんとユマちゃんの卵を使って?」


 なんか怖い。おばさんの目が笑っていない気がする。


「え、ええ……」

「佐野さんが一人一個卵を使ってくれたのでなかなかに豪勢でしたよ~」


 相川さんが追い打ちをかけた。今のって絶対わざとだろう。


「へ~。一人一個、ね……」


 なんか正座しないといけないような気になってくる。いや、別に俺は悪いことをしたわけじゃない。四阿を作ってくれた人たちを労っただけで。


「……私も手伝いに行けばよかったかしら?」

「えええええ」


 どんだけうちのニワトリたちの卵は人気なのだろうか。


「あ、あの……おばちゃん、よかったら俺の分もどうぞ……」


 スッとハムエッグの乗った皿を差し出したら怒られた。


「昇ちゃんの為に作ったんだから食べてちょうだい? あ、でも他のメニューの方がよかったのかしら?」

「い、いえ……」


 なんかまた俺は失敗したのかもしれなかった。女性ってホントに難しい。


「あ、そういや今日から桂木さんたちが来るんじゃなかったか?」

「ああ、そうね。昼過ぎに来るとは言ってたけど……」


 おっちゃんが助け舟を出してくれて助かった。俺は相川さんをジト目で見た。


「佐野さん、どうかなさいましたか?」

「いいえ?」


 面白がらないでほしいと思った。

 桂木姉妹が今日から泊まりにくるらしい。おばさんはそれもあってご機嫌だったのかもしれなかった。昼過ぎってことは顔を見てから帰ればいいかな。元気ならいいと思うが、あちこち移動するのもたいへんだろう。

 ハムエッグと梅茶漬け、おいしかったです。

 気分転換に表へ出ると風がとても冷たかった。寒さには強いらしいうちのニワトリたちだが、風はとても嫌がる。大丈夫かなと畑の方へ様子を見に行った。

 ニワトリたちは風除けになりそうな木の側で地面をつついていた。こんなに寒い季節でも虫とか見つかるものなんだろうか。


「お前たちは元気だなぁ」


 俺から見ればそれなりに広いと思う畑でも、うちのニワトリたちにとってはそんなに広く感じないのだろう。なにせ毎日のように山の中をかけずり回っているわけだしな。


「昼すぎまでこっちにいるからよろしくな」


 トットットッと近寄ってきたユマの羽を優しく撫でて伝えた。ポチが首を上げて山の方を見やる。


「山はダメだからな」


 注意すると首が垂れた。そういえば最近イノシシの被害ってどうなってるんだろうか。聞いてなかったな。

 おっちゃんちに戻ると陸奥さんと戸山さんが起き出してきた。


「あー、今朝も間に合わなかったか~」


 陸奥さんが残念そうに言う。戸山さんも「残念~」と言っていた。


「でもこの間食べたもんね。佐野君、また親子丼作ってね~」

「ははは……また機会がありましたら」

「今度こそお風呂作ろうかっ!」

「作りませんよっ!」


 みんなであははと笑った。それで終わったかと思ったのだが。


「……タマさんとユマさんの卵を使ってチャーハンを作ったらどれほどおいしいんでしょうね?」


 相川さんの言葉を受けてみんなの視線が俺に集まった。頼むからそういうのやめてほしい。


「……まだチャーハンは作ってないなぁ……」


 相川さんが笑顔で俺の両手を掴んだ。


「佐野さん。明日、お邪魔してもよろしいですか?」

「あっ、相川君ずるいぞ!」

「相川君ずるーい!」

「チャーハンならおばさんがおいしいの作ってあげるわよっ!?」

「うまそうだなぁ……」


 陸奥さん、戸山さん、おばさん、おっちゃんが言う。

 明日産むなんて保証もないのに、卵の話題っていつまで続くんだろうとげんなりした。

 これはこれで楽しいんだけど。

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