357.猟師さん宅にお邪魔している

 陸奥さんちに再び着いた時、まだニワトリたちは戻ってきていなかった。そろそろ西の空に太陽が落ちていく時分である。


「佐野君か。迎えに来てもらって悪いな」

「いえ、うちのですから~」


 俺は頭を掻いた。

 送迎は自分ですべきだ、と思う。よく誰かに甘えてはいるけれど。だからせめてちゃんとお礼はしないといけない。

 メモしとかなきゃなと思った。

 陸奥さんの奥さんがお茶を淹れてくれた。縁側だと寒いから、庭に面した居間でいただく。ニワトリたちも戻ってきたら鳴いて知らせてくれるだろう。俺だけなら縁側でもいいのだが、さすがに陸奥さんを縁側で待たせるのはまずい。いくら猟銃を持って一日中山の中を歩けるハンターだとしても、もういい歳のおじいちゃんだ。


「いや~、寒くなったなぁ。さすがに2月にもなるとな……」

「炭焼きは参加されると伺いましたけど」

「炭焼きはなんだかんだいって寒かあねえからな。冬にやらねえとかえってぶっ倒れちまうぞ」


 火を使うんだもんな。確かにそんなに寒くは感じなかった気がする。かつておっちゃんと炭を作った時を思い出した。確かに夏なんかにやったらそれだけで倒れそうだ。

 クァーーッ!

 ニワトリの鳴き声がして、俺は障子を開けた。戻って来たらしい。

 窓を開けて縁側に出ると、あっちこっちに羽を乱したニワトリたちが戻ってきていた。いつも思うんだけどコイツら自分たちで毛づくろいっぽいことしないんだろうか。


「おかえり、ポチ、タマ、ユマ」

「おお、おかえり、ポチ、タマちゃん、ユマちゃん」


 陸奥さんも出てきて相好を崩した。陸奥さんはさっそくニワトリたちに質問した。


「イノシシは見たか?」


 反応なし。


「シカは見たか?」


 反応なし。


「他の生き物は見たか?」


 コッ! と返事があった。他の生き物ってなんだろう。またアイガモとかの類だろうか。


「そっか。ちょっと待ってろな~」


 陸奥さんが一度家の中に戻り、白菜の葉を持ってきた。


「いつもありがとうな。ま、これはおやつみたいなもんだ」

「昼は戻ってきましたか?」

「いや、戻ってこなかったな。なんかいいものを食べられたのかもしれないぞ」

「そうかもしれませんね」


 基本的に腹が減れば戻ってくるし。途中で戻ってこなかったということは幼虫とか見つけて食べていたんだろうか。


「じゃあ明日も頼むな。明日で一応最後だが、無理はしないようにな」


 ニワトリたちがココッ! と返事をする。そうして俺はニワトリたちを軽トラに乗せて帰った。

 夜は試しに茹でたソウギョの肉をあげてみた。特になんということもなく食べた。特別食いつくというかんじではなかった。まぁそんなに味がしっかりあるものでもないしな。

 俺はいただいたソウギョの切り身でムニエルを作ってみた。

 うまい。

 臭みがない川魚ってこんなにおいしいのかとほくほくした。でも隣村にツテなんかないよな。おばさんの親戚に頼るわけにもいかないし。あ、でもコイも獲ってるって聞いたからコイを入手できないだろうか。でもコイって小骨が多いんだよな。なかなか悩ましい。

 翌日は相川さんも一緒だった。なんとなくバカの一つ覚えで煎餅を手土産に持って行った。醤油の堅焼き煎餅だ。


「これ孫が好きなんだよ」


 陸奥さんが嬉しそうに言ってくれたからそれでいいことにした。

 ニワトリたちをいつも通り送り出し、相川さんを見る。


「今日はそういえばどうしたんですか?」

「いやあ、ニワトリさんたちの雄姿も今日まででしょう。なんか獲ってこないかなと思いましてね~」


 相川さんがにっこりして言う。そんなにそんなに狩ってこられても嫌だと思う。俺の胃に悪いし。


「まぁでもはりきってたな。なんか狩ってくるかもしれねえぞ」


 陸奥さんがワハハと笑いながら言う。頼むからへんなフラグを立てないでほしかった。


「そんな最終日だからって都合のいいこと……」


 まぁよくあるな、うん。きっと最終日だからっていつもよりはりきるのが原因なんだろうけど、そんなにハッスルしなくてもいいと思う。シカ肉もシシ肉もまだあるし。

 あ、と思った。


「相川さん」

「はい」

「シカ肉の餃子ってうまかったですよね」

「そうですね。食べましたね」


 あれは確かおっちゃんちだったか。


「餃子か。食べてえな」

「餃子の皮がありませんよ。でも小麦粉があったかしら」


 縁側で話していたら陸奥さんの奥さんがお茶を持ってきてくれた。いいかげん居間に上がった方がいいだろう。


「ま、無理しねえ程度にな」

「節子さんに聞いてみるわね~」

「ああ、ええと……」


 催促したつもりはなかったから少し困った。自分で作ってうまくいったら相川さんと食べようかと思ったのだ。お嫁さんと相談して簡単にできるならいいが、そうでなければ申し訳ない。でも陸奥さんは全然気にしてもいないようだった。


「今日は昼飯食ってくだろ?」

「お邪魔じゃなければ」

「僕もお相伴に預かっていいですか?」

「うちのはそのつもりだろう。おーい、相川君も昼飯食ってくってよー!」

「はーい」


 と返事がした。今日も平和だなと思った。

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