345.ニワトリってなんだろう?

 翌日はニワトリたちを送ってから家に戻った。相川さんはまた陸奥さんちに行く用事があるらしいので、帰りはついででニワトリたちを送ってきてくれるらしい。悪いですよと言ったのだが、お気になさらず~と言われてしまえば引き下がるしかなかった。

 冬になってから相川さんが生き生きしているように思える。狩猟が楽しいというのもあるだろうが、心の重荷が減ったからだと思う。

 前に戸山さんが、


「相川君はなんていうか……佐野君と知り合ってからだろうと思うけど影みたいなものがなくなったね。よほど佐野君と気が合うんじゃないかな」


 と言っていた。


「そうだと嬉しいですね~」


 なんて答えた覚えがあった。本来の相川さんに戻ってきているのではないかと思う。ゆっくりだが一歩一歩進んで、こんなふうに暮らしていければいい。

 本来の自分に戻りつつある相川さんは最近笑顔も眩しい。うん、これは勘違いするストーカーも現れそうだと納得した。俺は男だから関係ないけどね。

 昼間ニワトリの貸し出しを始めて四日が経った。陸奥さんの息子さんが養鶏場に行くというので同行した。先日の雪は思ったより積もらなかったらしい。


「やあ、陸奥君、佐野君こんにちは」


 事前に連絡をしてあったらしく松山さんは家で待っていた。今日は絞めたばかりの鶏を受け取ることになっていたらしい。確かに鶏肉は新鮮な方がおいしいもんな。


「佐野君、ニワトリたちの餌は足りてるかい?」

「はい、おかげさまで。また必要になりましたら連絡します」

「うちの餌だけじゃなくてイノシシとかシカも食べるんだもんなぁ。食費、たいへんだろう」

「冬の間だけですよ~」


 春から秋にかけては朝飯ぐらいしか用意しなくていいからそれほどでもなかったりする。ただ身体も大きくなっているから継続的に餌の購入はした方がよさそうだった。


「春になったら餌の購入はなくなるのかな?」

「いえ、食べる量は増えているので購入量が減るだけかと」

「そうか。それならいいんだ」


 引き続き餌を売ってもらうことになった。おばさんに手土産を渡して陸奥さんの息子さんと陸奥さんちに戻った。今日は昼飯を食べていくように言われているのでまったりお邪魔している。碁は打てないけど将棋は親と打っていた時期があるので陸奥さんと適当に打ったりして過ごした。

 たまにはこんなのんびりした日もいいだろう。

 お昼ごはんはシシ肉の味噌漬け炒め、ほうれん草のおひたしに、切り干し大根、きんぴらごぼう、鶏の唐揚げが出てきた。もちろん漬物はどんと出されている。


「こんなものでごめんなさいね~」


 陸奥さんの奥さんがすまなさそうに言う。いえいえ、十分豪華ですから。

 もちろんどれもこれもおいしかった。シシ肉の味噌漬けは味噌だけではなくて他のものも入っているらしく味わいが全然違った。俺がただ味噌で漬けただけのものとは比べ物にならない。いや、俺が適当に作ったものと比べちゃだめだろ。

 ごはんが進んでどうしようもなかった。またおなかがぽんぽこりんである。

 そうしてまったり過ごしていたのだが、昼ご飯をいただいて少しした頃、ユマだけが戻ってきた。なんかあったのか? とユマを窺う。ユマは俺の姿を見つけるとトトトッと近寄ってきてココッ! と鳴いた。どうやら来てと言っているみたいだった。


「陸奥さん、ユマが呼んでいるみたいです」

「お? じゃあわしも向かうか」


 陸奥さんが嬉しそうに立ち上がった。いつ呼ばれてもいいように作業着でいるのだから困ったものだ。


「ユマ、もっと人数がいた方がいいか?」


 聞き方が悪かったのかユマがコキャッと首を傾げた。どう聞いたらいいかなと思ったら、


「佐野君、とりあえず行くぞ」


 陸奥さんがそう言ってユマに案内を頼んだ。手にはいつどこから取り出したのか斧が握られていた。まぁ、銃よりはいいかもしれないと思う。ユマについて走る。ユマは陸奥さんの速度を把握してあまりスピードは出していない。だが小走りぐらいにはなっているから急ぎではあるのだろうと思われた。

 雪がまだ残っていたのでかなり走りづらかった。途中休み休みではあったが林の中を約二十分ほど走っただろうか。川の側でポチとタマが二頭のシカを倒して待っていた。

 開いた口が塞がらなかった。


「えええええ……」

「おー、二頭も倒してくれたのか。すげえなぁ。ありがとうよ!」


 陸奥さんが携帯を取り出した。


「おい、一良! 天秤棒持って二人連れてこい! シカが二頭だ、明後日は宴会だぞ!」


 ここでは携帯が繋がるようだ。一良というのは陸奥さんの息子さんの名前である。一良さんはポチに迎えに行ってもらうことにして、ちょうど良さそうな枝を見つけて落とし、シカの足を紐で括って陸奥さんとまずは一頭運ぶことにした。なかなかに腰にくる重さである。


「もっと人数がいりゃあ川に入れちまうんだが、今は運んだ方がいいだろ」


 陸奥さんに言われてがんばらないとなと思った。まだ山道でないだけましだった。とはいえ林の中なのでところどころ足元がよろしくない。山中だったら余計だろう。ユマが付き添ってくれたからどうにかがんばれたのだと思う。途中で一良さんとすれ違った。


「あと一頭いますのでよろしくお願いします」

「ありがとう。父さん、秋本さんには連絡しておいたよ」

「ああ、助かる」


 冬なのに汗だくになってシカを運んだ。今回はかなりの重さだった。陸奥さんも汗だくである。外の水道で手を洗った。作業着についたごみなどはユマがつついて取ってくれた。ありがたいことだと思った。


「お疲れ様ね~。佐野君がいてくれて助かったわ~」


 奥さんがにこにこしながらお茶を淹れてくれた。


「いや~、今回のシカはでかいな。さすがに重かったぞ」

「いい歳なんですから無理しないでくださいな」


 しみじみそう思う。猟師やってる年寄りって元気だよな。身体には気を付けてほしいと思った。しばらくぼーっとしていたら一良さんたちがシカを持って戻ってきた。そうして、少ししてから秋本さんが着いた。


「こんにちは~。いや~、佐野君とこのニワトリはやっぱすごいねぇ」


 ホント、シカが二頭とかどうなってんだって思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る