309.冬の縁側は膝が寒い
冬の間はいないからと何も植えなかったようだ。霜柱はなかったけど、土が隆起した跡は見てとれた。きっと毎朝霜柱がいっぱいできるんだろうなと思った。
不意にタマが首を桂木さんの家の方へ向けた。桂木さんが出てきて、その後からドラゴンさんがゆっくりと出てくるのが見えた。タマがトットットッとドラゴンさんの側まで行く。俺もその後を追った。
「タツキさん、ご無沙汰しています。今日から何日か、うちのニワトリたち、相川さんとその知り合いがこちらの山にお邪魔します。動物や虫を獲ってもよろしいでしょうか?」
ゆっくりと伝えると、ドラゴンさんは目を細めて頷いてくれた。
「ありがとうございます。大丈夫みたいです」
「タツキさん、相川です。こんにちは。ありがとうございます」
相川さんがこちらに来て、ドラゴンさんに挨拶をした。こういうことは面倒ではあるけど大事だ。相手が動物だからって相川さんと桂木さんもバカにしたりしないし、むしろ断らない方がおかしいと言いそうだった。
「これで明日から来ても大丈夫ですね」
「僕も気づくのが遅れました。佐野さん、気づいてくださってありがとうございます。桂木さんも、お手数おかけしました」
相川さんが丁寧に礼を言うと、桂木さんは慌てたように胸の前で両手を振った。
「いえいえ! 私もそろそろ山の様子を見に来た方がいいかなと思っていたので、ありがとうございました」
お互い、いえいえ、いえいえってやりがちではある。
「おもてなしって言ってもできることはないんですけど……」
桂木さんが家を眺めながら情けない顔をした。
「そういえば水って出ました?」
「あ、確認してないです。見てきます!」
ここは確か湧き水を扱ってるんじゃなかったかな。家のすぐ裏手に湧き水が出る場所があって、そこからホースを引っ張ってきてるんだったっけ。山の上というのはなかなかに水の確保がたいへんだったりする。そう考えるとうちみたいに川が多い山はあまりないのではないかと思う。いい山を売ってもらえたなと今頃になって思った。
ドラゴンさんは日向で寝そべり、その身体をタマが当たり前のようにつついている。最初見た時はなんてことを! と思ったけど、久しぶりに見てなんか気持ちがほっこりした。仲がいいのはいいことだ。
ユマはというと、ドラゴンさんには興味がないようで、縁側の向こうの枯れた雑草がある辺りをつついている。
桂木さんは慌ただしく家の中に入ってから、少し間を置いて出てきた。
「大丈夫でしたー。水、一応出しっぱなしにしてたので」
昼間でも相当寒いから冬の間は出しっぱなしにしておかないとすぐにホースの中が凍り付いてしまう。
「ええと、お湯を沸かしているので温かいお茶だけでも飲みませんか?」
「ありがとう。いただくけど……」
ちら、と縁側を見る。日が当たっているからまぁ大丈夫かなと思った。桂木さんは申し訳なさそうな顔をした。でもこの家自体小さいし、さすがに女所帯の家に入るわけにはいかないだろう。
「ありがとうございます、いただきます」
相川さんは如才なく答えた。
縁側を軽く掃除し、座布団を出してもらってからお茶を飲んだ。ユマが当たり前のように近づいてきて、俺と桂木さんの間に入った。
「ユマちゃん、撫でさせてもらってもいい?」
「イイヨー」
とユマが返事をした。
「ありがとう~。いつもキレイな羽だね。佐野さんの手入れがいいのかな~」
桂木さんがそう言うと、ユマは少し得意げな表情をした。ニワトリの得意げな表情ってなんだ。でもそう見えたんだ。かわいい。ニワトリバカである自覚は大いにある。お茶請けは古漬けだった。
「ええと、けっこう発酵が進んでるとは思うんですけどお口に合います?」
心配そうに桂木さんが聞く。
「え? ちょうどいいじゃん。おいしいよ」
「おいしいです」
俺が古漬けを好きなのは知っているだろうから、問題は相川さんの方だったのだろう。相川さんも古漬けは好きだったりする。
「キムチとかも発酵が進んでる方が好きなんです」
「ああ~わかりますわかります」
「買ってもすぐ食べないでしばらく置いたりするかな」
相川さん、桂木さんと俺で同意する。日本全国いろんな習慣の土地があるから、食べ方も微妙に違ったりするのが面白い。
「じゃあね、タツキ。また帰ってくるからね。起こしちゃってごめんね」
桂木さんはのそのそと家の中に戻ったドラゴンさんとお別れをし、みな山を下りることにした。
「……これからの方が降りますよね……」
「降りますね」
桂木さんの呟きに相川さんが即答した。
「そうですよね。リエが免許を取れても取れなくても、二月いっぱいはN町にいると思います」
「わかった、気をつけてね。すぐに向かえるかどうかはわからないけど、何かあったら言ってくれ」
桂木さんが苦笑した。
「もう~、そこは何があってもすぐ駆けつけるぐらい言ってくれないと!」
「うーん、暗くなったら走れないしなぁ……」
「そうですよねー」
あはははは! と三人で笑った。
久しぶりに元気そうな桂木さんの姿が見られてよかったと思う。麓の柵の鍵をしっかりかけ、桂木さんの軽トラを先頭に相川さんの山付近までは見送った。本当はN町まで送った方がいいんだろうけど、みんな軽トラだし。車で車を送るっていうのもへんな話だった。
「これで明日は桂木さんの土地にも入れますね」
相川さんがにこにこして言う。
「そうですね。なんか捕まえられるといいですね」
おばさんがシカ食べたいって言ってたしな。
ドラゴンさんにお伺いを立てるという任務をこなしたので、山に戻った。家まで戻ったら、タマがとっとと遊びに出かけたのがどうなんだと思った。
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