304.もう少し手土産にバリエーションがほしかったので

 さすがに獲物は東の土地へ逃げたらしいというので、今日はもう回るのはやめたようだった。

 イノシシの痕跡は東の土地へ続いていた。シカも見つけたけど、東の土地に逃げられたという。ポチとタマがいて逃げられるなんて珍しいなと思ったけど、いつもは獲物をこちらが先に見つけてからちょうどいい位置取りをして捕まえるらしい。そうでなければイノシシもシカもかなり逃げ足が速い。お互い見つけてから捕まえるのは至難の業だろう。だから狩りは極力息を潜めて行うのだと陸奥さんが言っていた。

 狩りって意外と地味なんだよな。って俺はいったい何を期待していたんだろうか。

 そんなわけでしばらくまったりしてからみんな思い思いに移動する。今回は泊りということもあり、みな銃は持って来なかったらしい。車に置いておくのも不用心だもんな。じゃあどうやって狩りをするつもりだったのかって? 銃はなくても刃物は持っているし縄もある。ちょっとした罠のようなものはすぐに作れるそうだ。これぞサバイバル。かっこいいなと思った。

 もう後は飲むだけだからと荷物を置きに家へ戻る人もいた。相川さんは泊まりに必要ない荷物はうちに置いていく。どうせ月曜か火曜にはまたこちらに来てくれるのだ。預かるのは全然かまわなかった。


「……相川さん、手土産とかってどうします?」

「甘味でも買っていきましょうか。村の西の外れに和菓子屋さんができたらしいですよ」

「ええ~! 初めて聞きました。行きましょう行きましょう」


 和菓子屋さんができたとか何事? というかんじである。この村で生計を立てられるんだろうか。


「そういう情報ってどこで聞いてくるんですか?」

「先週雑貨屋に行った時手土産のことを聞いたんですよ。なにかいいのありませんかって。そうしたら西の外れに和菓子屋ができたらしいって教えてもらいました」


 そう言って手書きらしく地図も見せられた。N町へ向かう道の途中にあるのだが、村からの道なので俺がN町に行く時通る道ではなかった。知らないはずだ。


「へえ……。本当に外れですね。まだ知る人ぞ知るってかんじなんですかね?」

「そうかもしれませんね。位置的には川中さんちに近いのですが……」

「そうなんですか」


 そういえば川中さんちも村の西側にあったな。川中さんは独り暮らしなんだっけ。

 準備をして、ニワトリたちを軽トラに載せる。


「先にお店に寄ってからおっちゃんちに向かうからな。わかった?」

「ワカッター」

「ワカッター」

「ワカッター」


 よし、いい返事だ。相川さんと一緒に山を下りた。

 当然だがもうみんな山は下りている。もうおっちゃんちに着いている人もいるだろう。相川さんの軽トラに先導してもらって和菓子屋に着いた。なんか、一見峠の茶屋みたいなたたずまいだなと思った。

 こぢんまりとした建物がN町へ向かう道沿いに建っていた。そんなに通らない道ではあるけれど、こんな建物あっただろうかと首を傾げた。もしかしたら建物自体はあったかもしれないが、空き家になっていたから気づかなかったのかもしれない。のぼりが立っていて、「だんごあります」と書かれていた。


「はー……いつからあったんですかね」

「年末に改装して、オープンしたばかりだそうですよ」


 オープン、オープンかぁ……。なんかこのたたずまいを見ると似合わない言い方だなと思った。(失礼)

 ニワトリたちには駐車場付近にいるように言いつけて(絶対車道に出ないこと、とも言ってある)、相川さんとのれんをくぐった。


「こんにちは~」


 奥から人が出てきて、


「いらっしゃいませ~」


 と顔を上げないで言った。この辺りの店ではついぞ聞かないなと思ったからちょっと新鮮だった。


「わっ、わわっ! な、なにか御用ですかっ!?」


 出てきたのは二十歳に届くか届かないかといった容貌の娘さんだった。頭に三角巾、エプロン姿でなんとも微笑ましい。彼女は相川さんをもろに見てしまったのか、顔を真っ赤にして狼狽した。相川さんがスッと一歩下がる。俺は苦笑して一歩前に出た。


「和菓子屋さんができたって聞いてきたんだ。何かオススメあるかな?」


 相川さんはそっと俺の斜め後ろに移動した。相川さんの方が背が高いから俺じゃ隠れないと思うんだけどな。


「あ! 失礼しました。お客様ですよね! えっと、この茶色いおまんじゅうとか、大福がオススメです!」

「ありがとう。じゃあ……」

「え、ええと! すいません、試食されますか!?」

「え? いいの?」


 お嬢さん、顔が真っ赤なままだけど大丈夫かな。


「は、はい! ちょっと待っていてください!」


 娘さんは奥に戻り、少ししてから食べやすい大きさにまんじゅうと大福を切ってきてくれた。相川さんも促してつまようじを取った。

 うん、まんじゅうとか大福ってこういうものだよね。


「おいしい」

「ありがとうございます!」

「じゃあ、どうします? 何個ずつ買っていきましょうか?」

「皆さんが食べるかどうかはわかりませんが、十個ずつ買っていけば間違いはないんじゃないですか? 余るようなら僕たちがいただいてもいいですし」

「そうですね」

「じゅっ、十個ずつですか!? ありがとうございます!」


 春とかだとヨモギ餅とかおはぎとかもあるのかな。ちょっと楽しみだなと思った。そうして包んでもらっていたら、店の扉が開いた。


「こんにちは~。おまんじゅうもらえるか、な……えー……」


 聞き覚えのある声がしたので振り返ると、先ほど別れた川中さんだった。やっぱり川中さんもこの店を知っていたらしい。あからさまに嫌そうな顔をされて苦笑する。もしかしてここの娘さんのこと狙ってるのかな。


「川中さん、さっきぶりですね」


 相川さんがにっこり笑んで声をかける。川中さんが苦虫をかみつぶしたような顔になった。正直だよなって思ってしまった。



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