295.寝正月は許されないらしい?

 雨降ったら戻ってこいとは言ってあったけど、雪降ったら戻ってこいとは言っていなかった。おかげでニワトリたちが戻ってきません。空から降ってきたら同じじゃないのかよ。

 ま、雪ならすぐに濡れることもないからいいか。

 庭に面した居間の方で転がる。障子を開けているから上半分の窓から外が見える。下半分は模様の入ったすりガラスだ。


「寝正月ですね……」

「食っちゃ寝が幸せですよね」


 相川さんと笑う。こちらに来てから、なんだかんだいって穏やかな日々を過ごしていると思う。俺が元々住んでいた場所は都会ではない。それでもこんなに穏やかに時間は過ぎていかなかった。


「ある意味俗世を離れてると言ってもいいんでしょうか」

「僕は……佐野さんに会う前は本当に俗世から離れていたと思いますよ……でも今ぐらいがちょうどいいと思っています」

「そうですか……」


 そうかもしれない。俺もひよこを買ったからやってこられたのだと思う。

 雪がはらはら降ってくる。粒が大きく見えるからやっぱり積もるかもしれない。


「雪、どうしようかな……」

「2時ぐらいまで様子をみましょう。それでも降るようなら雪かき、手伝いますよ」

「ありがとうございます」


 相川さんちはリンさんが重機の変わりだからなぁ。でもそれはそれでどうなんだ。


「相川さんは戻らなくて大丈夫なんですか?」

「……下手に戻ると危ないんですよね。雪が降っている時のリンは荒ぶり方がハンパないので……」

「…………」


 相川さんが苦笑した。

 どんな風に荒ぶるのだろう。見たいような見たくないような……。きっと見たらダメなヤツなんだろうな。うん、聞かなかったことにしよう。

 雪が止まなかった時のことを考える。おっちゃんちの雪かきは戻ってからやるとして……うちに向かうまでの道にも積もるよな。そう考えると昼食後にはすぐに行って準備した方がいいかもしれない。その後で雨が降る分にはかまわない。


「昼飯をいただいたら一度山に戻ろうと思います」

「わかりました。伝えましょう」


 おばさんにその旨話したら、「じゃあお昼は早い方がいいかしら?」と言われた。さすがにそれは悪いのでいつも通りでいいと伝えた。

 止んでくれないかなと思っていたけどそううまくはいかなくて、昼飯の後ニワトリたちも連れて一度山に戻った。ホウキを持ってくればよかったと後悔した。いろいろやってみて最適を見つけていくしかないだろう。相川さんは自分の山を見に戻るという口実でついてきてくれた。まだ雪かきをしなければいけないような段階ではなかったが、うっすらと積もったところはホウキでできるだけ掃いておくことにした。寝正月のつもりだったのにとんだ労働日和である。


「ユキカキー」

「ヤダー」

「ユキカキー」


 ヤダーって言ったのはタマだな。雪かきが嫌なんじゃなくて雪が好きじゃないようだ。

 三羽がぶるぶるっと身を震わせる。雪の欠片が散ってたいへんだ。


「タマ、雪かき手伝ってくれないか?」

「イイヨー」


 ニワトリたちの暴走のおかげで、うっすらとした雪程度はすぐに駆逐されてしまった。このまま降り続けなければいいなと思う。


「……やっぱりすごいですね」

「リンさんも雪かき徹底的にやるんでしょう?」

「あれは嫌いな物を目の前から消す作業なので……」


 何がどう違うのかわからなかったが、いろいろあるようだ。


「タノシーイ!」

「ヤダー」

「タノシーイ!」


 楽しんでくれてよかったと思う。タマは楽しんでないんじゃないかって? タマはツン成分多めだからいいんだよ。なんだかんだいって楽しんでたみたいだし。でも、何がやだったんだろうな? 雪がやだっていう自己主張なんだろうか。

 あとはおっちゃんちだ、と思って頭だけのホウキを載せて夕方前に戻ったら雪は雨に変わっていた。

 うん、積もらなくてよかったなぁ。俺は相川さんと顔を見合わせて苦笑した。


「雪じゃなくてよかったですね」

「ですね」


 こっちが雨だからってうちの山も雨とは限らないしな。明日帰ったら銀世界ってことはありうると思う。

 ニワトリたちは雨に不機嫌そうだ。すぐに土間の方に入ってしまう。


「相川君、昇ちゃんおかえり。山はどうだったの?」

「うちの方はずっと雪でした」

「そう、やっぱり山の上の方とは違うのねえ」


 おばさんが感心したように言った。本当に、橋を渡って少し走ったらみぞれみたいになって、ここに来たらもう雨なんだからな。ほんの微妙な気温の変化なんだろう。もちろん上空の空気も関係しているんだろうけど、そういう難しいことは俺にはわからない。


「おー、山はどうだった」


 おっちゃんはのんびり新聞を読んでいた。


「うちの方は雪でした。雨に変わったかもしれませんが……」

「こればっかりはわからねえよな」


 おっちゃんが苦笑する。


「相川君、昇ちゃん、おなかすいたでしょう? お餅いくつ食べるー?」

「えええええ」


 おばさんに声をかけられて驚愕した。昼ごはんもしっかり食べさせられたし(餅ではなかったが)、まだごちそうが胃から去った気がしないのだがおっちゃん、相川さんと思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

 一個で許してもらえるといいなって、切実に思った。

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