285.飲んだ翌朝はいつも通りで
畑野さんは一滴も飲まなかったらしく、少ししてから帰って行った。あの雰囲気に飲まれないってすごいなと感心してしまった。それだけ自制心が強い人なのだろう。俺や相川さんは暗くなったら動かないのがお約束だから普通に飲んでいたけど、結城君も飲まないで秋本さんを連れて帰ったのだからすごいと思う。でも結城君自身はあまり飲むのが好きではないらしいけど……。それならそれでいいのかな。なんにせよご苦労なことである。
ビニールシートから食べかすを処分し、ニワトリたちの嘴を拭いたり、汚れを落としたりしてからおっちゃんちの中に誘導する。いつもうちのニワトリたちは土間で寝るのだ。そうしてからビニールシートを洗う。これは相川さんが手伝ってくれた。
「佐野さんて、やること丁寧ですよね」
「ええ? そんなこと言われたの初めてですよ!」
相川さんはふふ、と笑った。
「ニワトリの世話とか、すごく丁寧じゃないですか。三食きっちり用意されてますし」
「夏の間は基本朝だけですよ?」
「いやいや、なかなかできることじゃないですよ。だからみんな佐野さんのことが好きなんですよね」
俺は首を傾げた。まぁ、ユマに好かれている自覚はあるけど、ポチとタマはどうなんだろうとは思う。最近はただのメシ係としか思われてないんじゃなかろうか。
そんなもやもやを抱えたまま片付けを手伝ってから寝た。
翌朝は相川さんに起こされた。陸奥さん、戸山さん、川中さんはまだ夢の中である。それにしても、よくこの地響きのようないびきの中で眠れたものだと毎回思う。ぐーがーごーといつだって音は凄まじい。ちなみに、なんで相川さんが俺だけ起こすかと言うと、先に起きたら起こしてほしいと言ってあるからだ。いつもありがとうございます。(情けない)
布団を畳み、顔を洗って玄関横の居間に顔を出した。
「おはようございます」
「おー、昇平。起きたか。ニワトリたちはもう遊びに行ったぞ」
新聞を読んでいたおっちゃんが顔を上げて教えてくれた。元気なことだ。
「ありがとうございます」
「昇ちゃん、おはよう。朝ごはん、いつものにする? それともカレーにする?」
心が揺れたがいつものにした。飲んだ翌朝の梅茶漬けは格別である。相川さんもおいしそうに梅茶漬けを食べていた。どうせ昼過ぎまでここにいるのだ。
「お昼にカレー、いただいていいですか?」
「それでもいいわよ~。余ったら持って帰っていいからね」
「いつもありがとうございます」
「もう、昇ちゃんたら……お礼なんていいのよ。どーせ年末年始は息子たちも帰省しないんだから。それで、三が日はどうするんだったかしら?」
おばさんに聞かれて相川さんと顔を見合わせた。
31日から1日にかけては相川さんちにお邪魔することが決まっているが、それ以外の予定は白紙である。
「えーと、いつからお邪魔してもいいですか?」
こういうことはへんに遠慮しないで聞くに限る。おばさんは笑った。
「いつでもいいのよ~。そうね、相川君もよかったら3日から泊まれるだけ泊まっていって。この人がもちを調子に乗ってついちゃってね。かなりあるの」
「そういうことでしたら、3日から二泊ぐらいお邪魔してもいいですか? 佐野さんはどうされます?」
「あ、じゃあ俺も……でも雪とか降ったら……」
「そこらへんは臨機応変に考えましょう」
「はい」
雪が降ったら降った日に対処しないとあとがたいへんだし。でもおっちゃんちの雪下ろしも手伝わないとなと思う。今回は自分の山で手いっぱいだったが、みな困っていたに違いなかった。ごちそうになった分は消費しないとという打算もある。山で暮らすうちに生活に必要な筋肉がついたことがすごく嬉しいのだ。
それまでは全く興味がなかったけど、今は身体が鍛えられていくのがわかってとても楽しい。ただ余計な仕事までやりたいわけではないから、そういうことは言わないけど。
昼近くになってから陸奥さんたちが起きてきた。
「いやー、よく寝た! 真知子ちゃん、茶漬けくんねえか!」
「はいはい。みなさんお茶漬けでいいかしら?」
「お願いします」
「お願いします」
やはり飲んだ翌朝はみんな梅茶漬けがいいらしい。なんかほっとするんだよな。
昼前に表へ出てニワトリたちの様子を窺う。何も植わっていない畑をつついたり、まだ雪が残る山の斜面を見上げていたりした。ビニールハウスの方は行かないように言ってあるのでそちらにはいっていない。ホント、俺にはもったいないぐらいよくできたニワトリたちだ。(なんか言っていることがおかしい気がする)
おばさんから野菜をもらって三羽に声をかけた。みな喜んで野菜を食べ、また畑の方へ戻って行った。この寒い時期でも虫なんかいるんだろうか。うちでは全然見ないけど。
お昼は頼んだ通りシカ肉のカレーライスをいただいた。さっぱりしててうまいんだよな。でもジビエは当たり外れがあるからなんともいえない。シカ肉はどうしても下処理が必要になるからニワトリたちの分だけいただいた。
「佐野さん、年越しそばには天ぷらがつきものですよね」
「そうですね。あると嬉しいですね」
相川さんに言われてさらりと答えてから、ん? と思った。
「あ。少しでも面倒だと思ったら天ぷらなくてもいいですから!」
「いえいえ。僕がしたいだけなので」
相川さんは上機嫌だ。こちらに来てから年末年始を共に過ごす人はいなかったというから、相手が俺なんかでも嬉しいのかもしれない。どうせ食べるならおいしく食べたいからとか言ってるけど、相川さんて料理も好きだよな。
いつも通り夕方近くまでお邪魔して、暗くなる前に山に戻った。
明日は一日家にいる。のんびりしていていいはずなんだけど、年末ということもあってかなんか落ち着かなかった。
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