280.養鶏場へニワトリのエサを買いに行ってきた

 村の道はまだところどころ危ない。日陰が一番怖いからチェーンが外せない。きっと冬の間は外せないだろうなと思った。

 村の東側に向かって軽トラを走らせ、少し北に向かい分かれ道を右に曲がってまっすぐ山道を上って行けば養鶏場が見えた。養鶏場の屋根に積もっただろう雪はしっかり下ろされているし、この山道もけっこうきっちりと雪かきをされていたので助かったと思った。餌を買いに来たのに辿り着けなかったじゃ困ってしまうしな。

 駐車場に指定されている場所に軽トラを停める。さすがにそこは端の方に雪が積まれていた。


「こんにちはー!」


 声をかけて家屋の方へ向かう。タマにはその辺で待っててもらい、呼び鈴を押した。


「はーい」

「こんにちは、佐野です」

「佐野君、いらっしゃい!」


 おばさんがガラス扉を開けてくれた。


「すいません、ニワトリを一羽連れてきているんですが、山の中を散策させてもいいですか?」

「もちろんよ! ついでにイノシシでも狩ってくれると助かるわ」

「ええと、一羽なんで……」


 例え狩ったとしても引きずってこられないだろう。

 連れてきたのがタマでよかったと思った。ポチだとすぐ本気にして狩りに行ってしまう危険性があるが、タマはけっこう現実を見てるからな。


「タマ、太陽があの辺まで動く前に戻ってきてくれ」


 コッと返事をしてタマが遊びに行った。


「佐野君ちのニワトリは本当に頭がいいわね~」

「そうですね。自慢の子たちですよ」


 多分タマは俺なんかよりずっと頭がいいと思う。それでもきちんとこちらを立ててくれているからありがたいと思うのだ。ニワトリたちにも感謝を忘れちゃいけないな。


「外に出ると寒いわね~。入って入って」

「すみません、お邪魔します」


 お歳暮として紅茶のセットを渡したら背中をばんばん叩かれた。けっこう痛い。


「もー、佐野君ってば! こんなに気を遣わなくてもいいのよぅ!」

「おお、佐野君来たのか。雪はたいへんだったろう」

「おじさん、こんにちは。お邪魔してます」


 松山さんは養鶏場の方に行っていたらしい。おおさむさむ、と言いながら戻ってきた。


「久しぶりのお客様よねぇ。腕に寄りをかけて作るわね~」

「ありがとうございます」

「この間雪かきで村の人たちが来てくれただろーが」

「若い子の方が作りがいがあるに決まってるでしょう!」


 苦笑するしかない。松山のおばさんの料理もとてもおいしいのだ。特に鶏料理は絶品である。


「雪かきはどなたか手伝ってくださったんですか?」

「この近くで鶏肉を買ってくれる家族が毎年手伝ってくれるんだ。今年はあの……南に住んでる陸奥さんもショベルカーを出してくれてな。いやー、助かったよ」

「陸奥さんがこちらまで来たんですか! それならよかったです」


 確かに陸奥さんちからの方がここには近いけど、本当に世間は狭いかんじだ。うちなんか相川さんが来てくれなかったら途方に暮れていたに違いない。そう考えると桂木さんが町に出ているというのは正しいのだろうとも思えた。


「はーい、できたわよー。いっぱい食べていってちょうだいね~」


 漬物と棒棒鶏バンバンジーが出てきて、それから天ぷらが大量に出てきた。野菜天に鶏天、それから油林鶏、筑前煮、宮保鶏丁(鶏肉とピーナッツの甘辛炒め)、鶏肉の入ったお吸い物と鶏、鶏、鶏である。


「おいおい……さすがに佐野君だけじゃこんなに食べられないだろう」


 松山さんが呆れていた。それでもこんなごちそうはそうそう食べられるものじゃない。

 食べた。すっごく食べた。腹きつい。


「……すっごくおいしかったです……」

「まだあるわよ~」

「……すみません。さすがにもう無理です……」


 相当食べたと思う。


「あらぁ~、作りすぎちゃったかしら。持って帰る?」

「いいんですか!?」


 お言葉に甘えてかなり包んでもらった。


「おばさんの料理おいしいから嬉しいです」

「あら~、うちの子どもたちに聞かせてあげたいわ~。いっぱい食べてくれてありがとうね」

「いえ、こちらこそ。おいしい料理を作っていただきありがとうございます!」


 天ぷらと油林鶏をいただいた。これで夕飯だけでなく明日の朝まで食べられるだろう。本当にありがたいと思った。


「佐野君は本当においしそうに食べるなぁ」

「おいしいですから!」


 こんなおいしい料理が作れる嫁さんをいただいた松山さんは果報者だと思う。腹が落ち着いてから餌をでっかいポリバケツに二杯分いただきお金を払った。


「佐野君ちのニワトリはよく食べそうだな」

「ええ、かなり食べます。でも山の中を駆け回っているせいか全然太らないんですよね」

「それだけ運動量が多いんだろうな」


 そんな話をしているうちにタマが戻ってきた。ところどころ葉っぱのようなものがついてはいたが、うちの山を駆けたわけではないので雪まみれにはなっていなかった。ほっとした。


「タマ、なんか見つけたか?」


 タマがコキャッと首を傾げた。何も見つけなかったらしい。


「今日は本当にごちそうさまでした」

「佐野君。白菜でよかったらニワトリちゃんたちにあげてくれる?」


 料理だけでなくでっかい白菜を一個いただいてしまった。


「本当にありがとうございます。次は来年ですね。よいお年を」

「そうだな。よいお年を」


 頭を下げ合い養鶏場を辞した。いただいた白菜をさっそく何枚か取ってタマにあげたらおとなしくショリショリ食べてくれた。一路軽トラをうちの山に向かって走らせる。


「帰ったら昼飯用意するからそれで我慢してくれよ」

「ワカッター」


 うん、やっぱりうちのニワトリたちは俺にはもったいないほど頭がいいなと再確認した。

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