261.肖像権とかないかもしれないけどちょっと考えてほしい
「まだ子どもとはいえ、また狩るとかすげえなあ!」
秋本さんが苦笑して言う。
「じゃあこれ急いで解体してくるわ。内臓を持ってくればいいんだろ? 食べられるかどうか確認したら連絡する」
「よろしくな」
処理したシシ肉をおっちゃんちに運んできた秋本さんは、黒いビニール袋に入れたイノシシを受け取ってまた戻って行った。
「俺の分の肉、残しておけよ!」
どう考えても残るだろう。イノシシ一頭の三割は可食部だ。どんなに食べるぞ~と思ったって一人500gも食べれば満腹じゃないかな。腹壊れそう。
今日は土鍋を二つで牡丹鍋だった。
ニワトリたちの分は庭にビニールシートを広げたところに内臓や肉、そして葉物を並べた。三羽分とはいえ、毎回すごい量だなと思う。ニワトリたちはうきうきしながら内臓からつつき始めた。やっぱり栄養が一番ありそうなところから食べるんだな。そしてその光景はある意味ホラーだ。とてもニワトリの食事とは思えない。普段の食事風景を見ている分には大きくなれよ~と言いたくもなるが実際これ以上大きくなったら困る。ニワトリたちの様子を少し見てから座敷に戻った。
寒いのに座敷の障子は一か所開けてある。うちのニワトリたちへの配慮なんだろう。悪いなと思いつつ、女性陣には開けた場所から一番遠いところにいてもらっている。
料理は牡丹鍋だけじゃなくて、漬物も、煮物も、天ぷらも出てきた。野菜の天ぷらがとてもおいしい。うちでは揚げ物しないしな。
「おう、昇平。ニワトリたち、大活躍だなぁ」
「ですねー。今回も足止めはポチとタマがしたみたいで……」
おっちゃんに背中をばんばん叩かれた。中身出そうだからもうちょっと優しくお願いしたい。ポチとタマが足止めしたところを別の角度から陸奥さんが仕留めたそうだ。猟銃との連携もバッチリとかうちのニワトリたちはいったい何者なんだろう。ハイスペックすぎてやヴぁい。
「佐野君とこのニワトリ共は本当にすごいな! 猟鶏だな、あれは」
陸奥さんは上機嫌だ。
「僕も見たかったなぁ~。佐野君ちのニワトリたち、本当にカッコイイんだよね~」
戸山さんが残念そうに言う。
「……ニワトリ……ニワトリなんだよな。相変わらずすごいよな」
「考えたら負けだぞ」
川中さんと畑野さんがビールを飲みながら何やらぶつぶつ言っている。
「見たい気はするけど、私たちが近くにいたら狩りにならないですもんね。誰か動画撮ってくれませんかねー」
桂木さんに言われて思い出した。カメラをつけようつけようと思いながら買ってすらいない。あ、でもちょっとした動画ならスマホでもいけるんじゃないか? なんで俺今まで気づかなかったかな。家の周りで試しに撮ってみようと思った。
「んー……リエは、あんまりそーゆーの撮らない方がいいと思うけどなー」
けれど、桂木妹が難しそうな顔をして呟いた。
「えー、なんでー?」
「だってさー、撮ったら絶対他の誰かに見せたくなるじゃん? もしかしたらSNSに上げちゃおって思っちゃうかもしれないじゃん。でもそんなことしたらすぐに特定されちゃうよ? だからせいぜい写真ぐらいにしといた方がいーんじゃないかなって思います! もちろんSNSに載せちゃだめだよ!」
「そうかなー?」
桂木さんはピンとこないようだったが、桂木妹の言うことは一理あると思った。写真を撮っただけでも誰かに見せたくなるのだから、動画なんか撮れたらもっとだろう。ふと視線を感じて顔を上げたら、川中さんと目が合った。なんだか気まずそうな顔をしている。もしかして……。
「川中さん?」
「え? な、なにかな?」
「なんでそんなにキョドってるんですか?」
「い、いやぁ……やだなぁ、佐野君の考えすぎじゃない?」
「川中さん、ちょっとスマホ借りますねー」
「え?」
隣にいた相川さんが自然な仕草で座卓に置かれたスマホを手に取った。
「あ、え? ちょっ、相川君!」
「ニワトリさんたちの写真多いですね。僕のところに全部送っておきますね」
慌てて取り返そうとする川中さんをひょいとかわして、相川さんは川中さんのスマホの画像をチェックしたようだった。人のスマホを見るのはマナー違反だとは思ったが、うちのニワトリをばしばし撮っているというのもどうなんだろう。俺、全然見せてもらってないし。
「あ、佐野さんにも送っておきますから」
「お願いします」
「……ほら、佐野君ちのニワトリ、かわいいじゃん?」
一枚二枚なら俺もいいとは思うんだけどね。相川さんから送られてきた画像の量はハンパなかった。
「……川中さん。これ、もしかして誰かに見せたりしてます?」
一枚一枚画像を確認していく。近い距離のものが多いのであまりでかさは強調されてはいないが、見る人が見たら気づきそうなかんじだ。
「え? あー、うん……会社の人、とかに?」
「……うちのニワトリなんですけど?」
そりゃあ肖像権とかはないかもしれないが、見せるなら見せるで許可は取るべきなんじゃないのか?
「……佐野君、すまんな。よく教育しておく」
「あ! 僕のスマホ!」
畑野さんが大仰にため息をつき、相川さんから川中さんのスマホを受け取った。そして何やら操作してからポイッと投げた。
「あー! ひどい!」
川中さんが急いで回収して中を確認した。
「えー、全部消すことないじゃん! ひどい!」
「人んちのペットを盗撮しまくったあげく人に見せるような奴はひどくないのか?」
おばさんと桂木姉妹の目が冷たくなっている。あ、これは完全に敵に回したな。
「……佐野君」
「はい」
「ごめんね。今後は許可取るから……」
「他の人に見せるなら許可はできないです。俺もうちのニワトリたちの写真は誰にも送ってないですし」
うちの親には、遠近法を駆使した写真は送ったが。
「えー……そうなんだ。ごめんね」
悪い人じゃないんだよな。
「もうしないでくださいね。ニワトリたち、俺にとっては大事な家族なんで」
「うん、ごめん」
なんか場がしらけてしまった。困ったなと思っていたら、縁側から秋本さんと結城さんがやってきた。
「こんばんは~。マメだけ持ってきたけど……って、どうしたんだ?」
秋本さんがきょとんとした顔をする。
「あら、マメ持ってきてくれたの? ありがとう。すぐに調理するわね~」
おばさんが受け取っていそいそと座敷を出て行く。マメというのは腎臓だ。さっそく作ってくれるようだ。
「なんでもねえよ。ほら、上がって飲め飲め!」
陸奥さんと戸山さん、おっちゃんに手招きされて秋本さんと結城さんが上がる。
川中さんみたいなのは氷山の一角なんだと思う。携帯とか、スマホで気軽に写真や動画を撮れるようになってからみなのタガが外れてしまったのだろう。桂木妹が言ってくれてよかったなとしみじみ思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます