206.シシ鍋はやはり最高です

 ちら、とみんなの顔を見て後悔した。みんな目がぎらぎらしているように見えた。肉食系男子大量である。女性陣は逃げた方がいいと思った。もちろんこれはただの冗談である。


「こんにちは~、解体してきたよー」


 陸奥さんと戸山さんが煙草の火を消して自分たちの携帯灰皿に入れた。えらい。とてもえらい。当たり前かもしれないけどかっこいい。(おばさんが気を利かして灰皿は出ていた)

 秋本さんが軽トラから降りた時には男性陣がかなり近づいていた。


「お、おお?」


 秋本さんが少しのけぞり、気圧されたような声を上げる。


「台所へ運べばいいんだよな?」

「ああ」


 おっちゃんの問いに秋本さんが答える。おっちゃんだけでなく相川さん、陸奥さん、戸山さんも荷台から肉を持ってとっとと家の中へ運んだ。どんだけ楽しみにしていたんだろう。いや、もちろん俺も食べたいけどさ。

 肉を運んでから出てきた面々はみんな目がキラキラしていた。だからどんだけ……。


「もしかして、みなさんお昼とか食べてないんですか?」


 ギクッとしたようにみな身体をビクッとさせた。まさかの、イノシシの為に腹を空かせておく作戦だったようだ。まぁ空腹は最大のスパイスって言うしな。子どもみたいだがしょうがない。おれは嘆息した。


「? なんですか?」


 おっちゃんと相川さんに恨めしそうに睨まれた。


「昇平、この裏切り者め」

「佐野さんの裏切り者」

「そんな話聞いてませんよ?」


 昼飯を抜いてまでイノシシを堪能するなんて。まぁ食べられる分だけ食べるつもりだからいいけど。

 そんなことを言っている間に居間の方にいろいろ並べ始められたようだった。縁側から声がかかる。


「みなさん、お待たせしました! 始めてください!」


 桂木さんだった。みんなよい返事をし、縁側から居間に上がった。

 ビールは当然として、漬物だけでなくかまぼこや煮物が並べられていた。真ん中は空いているからそこに鍋を運んでくるのだろう。桂木さんに手招かれて台所の方へ。

 イノシシのそれなりに大きめの肉の塊と内臓を一部でかいタッパーに入れたものを見せられた。


「これ、ニワトリさんたちの分ですって。タツキは食べませんから全部あげちゃってください」

「え? タツキさん満腹なのか?」


 桂木さんは首を振った。


「いえ、冬眠が近づくと食べなくなるんですよ。どうもおなかを空っぽにしてから寝るみたいです」

「へえ……そうなんだ」


 実際トカゲがそうやって冬眠するかどうかは知らないが、ドラゴンさんはそうらしい。面白いなと思った。


「じゃあありがたくいただくよ。ビニールシートに空ければいいんだよね」

「はい、それでお願いします」


 葉物野菜も大量に受け取って、俺は居間から縁側を下り、ビニールシートに野菜とイノシシの肉と内臓などを置いた。そして畑の方に声をかける。


「おーい、ポチ、タマ、ユマーーーー! ごはんだぞーー!!」


 隣の家がそれなりに離れていなければ近所迷惑になりそうな音量の声が出た。自分でびっくりした。すぐにツッタカターと三羽が駆けてくるのが見えた。遠くに見えてもでかいなぁと思った。慣れない人が見たらどんどん巨大化しているように見えるだろう。けっこう怖い。ちらちら見える鱗のあるトカゲっぽい尻尾とか更に怖い。


「おーい、昇平! はじめてるぞー!」

「はーい!」


 ニワトリたちにここにあるのがごはんだと教えてから居間に戻った。みんなすでに乾杯して煮物などを摘まみ始めている。俺もさっそくビールに口をつけた。そんなに冷えてはいないがうまい。里芋とイカの煮物、ブリ大根が絶品だった。でも何よりも、その後出された内臓の炒め物やシシ鍋が最高だった。ちょうどシシ鍋をつつき始めた頃に川中さんが到着して、


「みなさんもういただいてるんですかっ!? 僕の分はっ!?」


 と悲鳴を上げた。ちなみに女性陣は自分たちでおいしいところを切り分けて食べているようである。調理してくれたのは女性陣なのだから当然の権利だと思った。


「ああっ! 川中そんなに食うんじゃねえっ!」

「いいじゃないですか! また狩りましょうよ!」


 陸奥さんと川中さんが取り合っている端からこっそり相川さんと戸山さんが食べているのが面白かった。もちろん俺とおっちゃん、秋本さんもしっかりいただいた。


「……身体温まりますねぇ……」

「やっぱイノシシはいいなぁ」


 おっちゃんが嬉しそうに、しみじみ呟いた。


「これで全部なんですかね」

「いやぁ、まだいるだろうな。被害を受けてるのはうちだけじゃねえからな」

「そうですか」

「今週末までは来てもらうように言ってあるからな。あと二、三頭狩れれば御の字じゃねえか?」

「狩れるといいですよね」


 害獣だから、いなければいないにこしたことはない。とりあえず畑に被害がなければいいのだ。お互いに干渉せずに暮らせたら、本当はそれが一番いいんじゃないかと思う。

 新鮮なイノシシの内臓の塩胡椒炒め、おいしかったです。捕まえてすぐに秋本さんを呼んだから、処理が早くて内臓もすぐに急速冷凍したらしい。そうでなければその日のうちに食べるのがいいそうだ。

 鍋の〆は今回はうどんだった。みんなで喜んでつるつる食べた。

 ニワトリたちもしっかり食べ尽くしていた。あの量を……怖い。

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