192.娘さんを僕にください! なんて絶対言わない
どうして今まで忘れていたんだろう。桂木妹が一昨日何か言っていたじゃないか。でもあれは桂木さんが否定して……うん、カレカノじゃない。俺たちはそんな関係じゃないから。
「初めまして、桂木実弥子とリエの父です。これは妻です。いつもお世話になっていると聞きまして、ご迷惑と思いましたが挨拶に参りました。本当にみなさんには感謝しております」
正座して奥さんと共に深々と頭を下げられて、おっちゃんは面食らったようだった。
「いえ、その、頭を上げてください。うちも桂木さんにはお世話になってて……」
おっちゃんが困ったように頭を掻く。
「そうですよ。実弥子さんには料理を手伝ったりもしてもらってて、娘ができたみたいで喜んでるんです。こちらこそありがとうございます」
おばさんがそうにこやかに言いながらお茶を出した。
「それならいいのですが……湯本さんだけでなく、佐野さんと相川さんにもご迷惑をおかけしていると聞きまして……失礼ですが……」
桂木父がこちらを向く。目が笑ってない。怖い。
「初めまして。私が相川です。こちらが佐野です」
相川さんがにっこりと笑んで如才なく対応してくれた。
「初めまして……佐野と申します」
どうにか俺も挨拶をする。俺、めちゃくちゃ情けない。
「ああ、君が佐野君か。娘を守ってくれたと聞いたよ、本当にありがとう……」
「あ、いえ、その……俺は、何も……」
初対面の方なのに”俺”って言っちゃった。せめて”僕”にしないと。
「実弥子、素敵な方じゃない。……どうなの?」
「……そんなのじゃないって。失礼でしょ」
なんか桂木父の背後で桂木母が桂木さんに何やら言っている。いや、俺は何も聞いていないぞ。
「いや、例の男には本当に手を焼かされてね。こちらの村にいることは情報が漏れないようにしていたつもりだったんだが、どこでどう聞きつけたんだか……。こちらできっちりと対応させてもらうから、もう二度とこちらに来ることはないと思う。本当にありがとう」
桂木父が言っているのはナギさんのことなのだろう。友人がDV男だということを信じず、桂木さんに復縁するように言っていたとか。そしてこちらに来た時は桂木さんに惚れたから追いかけてきたとかもうなんていうか勝手すぎる。あんなのいくら顔がよくたってお断りだろう。
「いえ、最終的に撃退したのは桂木さんですから。僕はただ見守っていただけで、特に何も……」
「そんなことはない。君が娘をサポートしてくれているという話はよく聞いているよ。それだけじゃなくて、リエまで拾ってくれたそうじゃないか」
「そーだよー。荷台に乗るの楽しかったー」
向こうから桂木妹の声がした。こらっ、荷台に乗るのは違法なんだから声高に言うんじゃありません!
「……荷台……」
「あ、えーとですね、うちの車は軽トラでして……」
桂木父が目を見張った。わけあって助手席の位置に座席がないことを説明する。
「そうだったのか。まぁ、うん……荷台については聞かなかったことにしよう」
俺は頷いた。そうしていただけると助かります。
「……ところで」
なんかきた、と思う。ああもうこんなことなら桂木さんともう少し真面目に話しておけばよかった。
「失礼だが……佐野君はうちの娘とは……」
なんともないです。赤の他人です。
「お父さん! 佐野さんは、その……ええと、お兄ちゃんみたいな存在で……」
桂木父が桂木さんの方を見、そしてまたこちらに顔を向けた。頼むからこっち見んな。
「お兄ちゃん、なのか」
「……そうですね。失礼かもしれませんが妹のような存在だと思っています」
「そうなのか。ではもし関係性が変わることがあれば連絡してもらえるかな。それで、リエのことなのだけど……」
「一応、僕は事情は聞いています」
「わかった。ありがとう。また改めて挨拶に来るとしよう」
「いえ……」
正直言わせてもらうともう来ないでほしいです。非常に心臓に悪い。だって桂木父の目が全く笑ってないんだもん。お宅の娘さんたち、顔はとてもかわいいと思うけど手を出す勇気はないです。しばらく恋愛とかいらないし。
その後、桂木両親はおっちゃん夫婦といろいろ話をし、桂木妹を連れて帰ることになった。俺と相川さんは菓子折りをいただいた。気を遣ってくれなくてもよかったのにと苦笑した。
全員で表に出る。畑の方にいたユマがこちらを見たのか、ツッタカターと駆けてきた。なになにー? と聞いているようにコキャッと首を傾げている。かわいい。
「あー、ユマちゃんだ! 見送りしてくれるの? ありがとー!」
桂木妹が喜んで両手を広げた。桂木両親が驚いたような顔をしている。ああそうか、普通は驚くよな。でかいもんな。
「ニ、ニワトリ……?」
桂木父が呟く。
「はい、でかいですけどニワトリです」
それ以外言いようがない。桂木妹はユマに近づいて、「触ってもいーい?」と許可をとってユマの羽を撫でた。いい子である。
「確か、実弥子もでかいトカゲを飼っているのだったな……その、この辺りに少し変わった施設かなにか……」
桂木父が周りをきょろきょろと見回す。
「あなた?」
「いや、この辺りは山深いしどんな施設があってもだな……」
「まー、たまにはこういうでっかいのが生まれることもあるんじゃねーかな!」
おっちゃんがガハハと笑う。うちは三羽共でかいけどね。たまにってレベルじゃないとは思うけど、たまたまだしね。
桂木父は釈然としない顔をしていたが、一通り別れの挨拶が済んだところでもう一度深く頭を下げた。
「また改めてお礼に伺います。いつも娘を気にかけてくださり、ありがとうございます」
「おじさん、おばさん、カッコイイおにーさんたち、ニワトリちゃんたちもありがとーね!」
そうにぱっと笑って桂木妹は桂木両親の車に乗って帰って行った。
「桂木さんは帰省しなくていいの?」
見送ってから聞くと、桂木さんは力なく笑んだ。
「まだ地元は~……そのうち」
「そっか」
確かに俺もこの間帰った時は心臓ばくばくしたもんな。無神経だったなと反省した。
そんなことより、何もなくてよかった。結局桂木さんは俺を彼氏だとは言っていなかったらしい。俺は内心ほっとして胸を撫で下ろしたのだった。
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