187.なんでこんなに怒られるのかわからない

 ざっくり話を聞いてみた。

 桂木妹は高校を卒業してからフリーターをしているらしい。全国展開をしているカフェのチェーン店でバイトをしている際、元カレと出会った。そこですごくアプローチされたのだという。


「なんかー、プレゼントとか言ってーネックレスとか、ピアスとかくれてー、服も買ってあげるって言われたけどそれは断ったんだよねー。イケメンだしま、いっかーって思って付き合い始めたらLINEは朝昼晩とか言い出してー……」


 それまでは出かけたら必ず奢ってくれていたのに、付き合い始めたら途端に割り勘になったらしい。釣った魚に餌をやらない典型だなと思った。それはLINEうんぬん以前にフられて当然な気がする。


「完全に割り勘?」

「そー、一円単位で。細かいでしょー?」

「俺が女性だったとしてもそんな男やだわ」


 付き合ったら俺のモノというかんじで独占欲も強く、まさに付き合ってみないとわからない男だったようだ。たまにいるよな、付き合うと豹変する奴。こわいこわい。


「で、まだLINEが入ってくると」

「そー、なんかー超こわくってー」

「見てもいい?」

「どーぞ」


 デコられたスマホを受け取る。なんか触ったら飾りが落ちてしまいそうでちょっとどきどきしたのは内緒だ。

 …………うん、これは怖いわ。なんで返事よこさないんだよ? から始まって俺と別れるなら死んでやる! とか、お前も道連れにしてやる! とか。返事よこさないならお前のうちまで行くからな! とか脅すような言葉が並んでいた。


「わー……」

「怖いからバイトも辞めてー、おとーさんとおかーさんに話したらおねーちゃんのところに行きなさいって。このLINEは弁護士のセンセーに見せるから明後日迎えに来るって言っててー」

「そうなのか。なら一安心だね」


 弁護士? と思ったけどよく考えたら桂木さんはDV被害にあっていたわけで。それならすぐにご両親が動くのは無理もない話だった。娘たちがかわいいのはいいことだけど、それで娘がたいへんな目に遭うなんてご両親も思ってはいなかっただろう。


「あのぅ……それでですね」


 桂木さんが言いよどむ。

 なんだかとても嫌な予感がした。これってもしかして……。


「両親共にここまで迎えに来るって言ってるんですけど、もしよかったらその時佐野さんにも会えないかなーって、言ってて……」


 そういえば前回の件で直接礼を言いたいみたいなことを言っていた気がする。こちらとしてはほっておいてほしいのが本音だからすっかり忘れていた。大体ナギさんを最終的に撃退したのは桂木さん本人だし。


「……都合がつけば、かな。特に予定はなかったと思うけど……」


 拒否る理由も見つけられなかったのでしぶしぶ応えた。


「それならよかったです! 私も妹も佐野さんにはすっごくお世話になってますし!」


 いや、桂木さんはともかく妹の世話は全くしていないと思う。せいぜい町からここに届けたぐらいだ。


「妹さんの世話はしてないよ」

「えー、そんなことないよー。リエあそこでおにーさんたちに会えなかったらひどい目に遭ってたかもしれないもん」

「そういえばなんであそこにいたの?」


 あの日聞かなかったことが、今更ながら不思議に思えて聞いてみると、


「実はねー、リエ電車乗り過ごしちゃってー、しょーがないからタクシーで行こうと思ったんだけど、あの町でお金足りなくなりそうだったから下りたの」


 なんというか、開いた口が塞がらなくなりそうだった。


「……そうなのか」

「もー、ホントに佐野さんすみません。住所のメモは持ってたらしいんですけど……」

「うーん、まぁ着いた場所が全然違う場所でお金払えなかったから困ると思ったのか。賢明といえば賢明だけど、それだったら桂木さんに連絡すればよかったのに」

「一人で行けるっておかーさんに言っちゃったから……」

「そっか……」


 親に心配かけたくなかったのと、姉に対する意地なのかなんだったのか知らないが、それで自分の身を危険に晒すなんていうのはアウトである。


「……まだ未成年だからしょうがないけど、次からはちゃんと親か桂木さんに相談するんだよ? 悪い人はどこにでもいるんだからさ」


 そう言うと桂木妹の目がじわあ~と潤んだ。うわ、やめてくれ。

 しかも立ってこっちまで来るではないか。ユマがさっと俺と桂木妹の間に入ってくれたが、「ユマちゃん、かわいー!」と羽をなでなでされてしまった。ユマは素直にされるがままである。これはどうすれば……。


「あれ? 佐野さん、その指どうしたんですか?」


 今頃気づいたというように、桂木さんが絆創膏が貼ってある指をまじまじと見た。


「なんか草かなんかで切っちゃったんです? それにしては多いですね」


 今両手で六ケ所絆創膏を貼っているのだ。さすがに多いということはわかっているが血が出るのだからしかたない。


「いやー、なんか乾燥してるみたいで気が付いたら血が出てるんだよ。しかも痒くて、なんなんだろーな?」

「ちょ、佐野さん……痒みってそれ、主婦湿疹じゃないんですかっ!?」

「主婦湿疹?」


 俺は首を傾げた。別に主婦じゃないけど。


「佐野さん、こちらに来てからあきらかに水仕事増えてますよね?」

「ああ、そうだな~」


 実家にいた時、自分の洗い物ぐらいはしていたが洗濯も母任せだった。こんなに毎日ニワトリを洗うなんてことはしていなかったわけで。


「佐野さん、ハンドクリームとか使ってます?」

「いや?」

「なんで使わないんですか! ただでさえ冬は乾燥しているんですから、手が荒れやすいんですよ! それだけじゃなくて水仕事が多いと冬は湿疹ができるんです。ほっとくとどんどん悪化しますからね!」


 ビシッと指を突き付けられて、ちょっとまずいかなと思った。


「ハンドクリーム持ってますか!?」

「……持ってない」

「わかりました! ちょっと待っててください!」


 桂木さんはそう言って家の中に取って返すと、すぐに小さい化粧品を持ってきた。


「これ試供品でもらったものなので少ないですけど使ってください。少なくとも寝る前と水仕事の前は絶対に! わかりましたか?」

「んー、善処するよ……」


 だってハンドクリームってべたべたして嫌だから。


「……佐野さん、手のチェックしに行きますよ? ちゃんとできてなかったら……」


 桂木さんの笑顔が怖い。


「で、できてなかったら?」

「襲いますからね!」


 それってどうなんだ? と目をぱちくりさせてしまった。


「やったー! おねーちゃん食っちゃえー!」


 とりあえず桂木妹は落ち着こうか。



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付き合う前にわかってたら誰も付き合ってない(真理

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