186.おでんもおいしい季節です

 軽トラの助手席(椅子は外してある)には一応毛布が敷いてあるがあれはユマのだから使おうとは思わない。外で使って冷えたらユマがかわいそうだし。ちなみに荷台にも毛布は敷いてある。荷台にニワトリが乗る時用である。

 ユマがすぐ横で草を摘まんだり小さな虫を食べたりしている。その羽を撫でながら、晴れててよかったなと改めて思った。


「おにーさん、お待たせ~」


 ほどなくして桂木妹がお茶と漬物を持ってきた。風がそよそよと吹く。


「うわー、やっぱ寒いねー。座布団だけじゃ足りないじゃん! ちょっと待ってて!」


 慌ただしく家の中に戻った桂木妹は、次に顔を出した時半纏を持ってきた。


「大きめのってこれしかなかったからおにーさんはこれ着てて! ごめんねー!」


 こちらの返事を待たずにまた家の中に戻っていく。受け取った赤い半纏を見て気持ちが和んだ。


「……妹の方はそれなりに気が利くみたいだな」


 漬物は白菜の古漬けだった。酸味がちょっときつくて、でもそれがいい。温かいお茶が身体に沁みた。でももうさすがに縁側にずっといるにはきつい季節だなと思った。


「すみません、お待たせしました。おでんなんですけど、嫌いなものとか、特に好きなものとかありますか?」


 桂木さんがすまなさそうに大きな鍋を持ってきた。桂木妹がどんぶりを運んでくる。


「嫌いなものは特にないと思うよ。好きなのは大根かな」

「はい」


 どんぶりにごっちゃりとおでんをよそって渡された。


「ごはんいります?」

「うん、あると嬉しいかな」

「よそってくるねー」


 からしをもらってどんぶりの端につけ、ごはんをもらって三人で食べることにした。大根はおいしいけど少し固い。


「まだ大根固いんですよねー」


 桂木さんが眉を寄せて言う。


「確かに」


 季節的なものなのか、その大根が固いのかはよくわからない。練り物も好きだしこんにゃくにはしっかり味が染みていたからやはり大根が固いんだろう。

 配置としては、俺が東の端で、ユマ、桂木さん、桂木妹と並んで腰かけている。桂木さんは俺が着ている半纏を見て、あ、という顔をしたが何も言わなかった。おそらく彼女のなんだろう。俺は気づかなかったふりをした。だって寒いし。


「11月を過ぎればもっと柔らかくなるのかな」

「食べ物って旬がありますよね」


 じゃがいもも入っていた。うまい。

 桂木さんが漬物を摘まんで、バッと桂木妹を見た。


「リエ、これ古漬けじゃないの! 浅漬けの方を出してって言ったでしょ!」

「えー、よくわかんなかったー」

「佐野さん、ごめんなさい……」


 なんで謝られるのかわからなくて、俺は目を瞬かせた。


「……おいしかったけど……もしかして桂木さんが楽しみとかにとっといたヤツだった?」

「いえ……佐野さんがこれでいいなら、これで……」


 どういうことなのか詳しく聞いてみると、人によっては古漬けを嫌がるのだとか。


「以前実家にいた時に、他県出身の友達が遊びに来たんですよ。フツーにこれを出したら、こんなの捨てるものじゃんって言われてしまって……」

「へえ。地域によってやっぱり違うんだね。俺はおいしいと思うよ」

「よかったです……」


 その友達もどうかと思うが、地域によって味が違うのは確かだと思う。おでんの具材も違うみたいだし。牛すじが入っていた。とてもおいしかったがうちのおでんには入ってなかった。


「むむむ……なんかいい雰囲気……」


 桂木妹がなんか言っている。


「でもなー、毎日LINEとかしてないみたいだしー? やっぱ違うのかなー」

「リエ! だから佐野さんはお兄ちゃんみたいな人だって言ったでしょ!」

「ははは……」


 俺は苦笑した。いつのまにかそういう話のネタにされていたらしい。まぁ、ネタ程度ならいいけど。


「そっかー、残念。じゃあリエが立候補しようかなっ! でもLINEは一日一回でカンベンしてねっ!」

「え?」

「リエっ、佐野さんは別に彼女募集中じゃないよっ!」

「ああ、そういう……」


 立候補されても困るんだが。ユマがなにー? と疑問に思ったらしくコキャッと首を傾げた。


「かわいいとは思うけど、今は彼女いらないんだ。ごめんね」

「なんだー、つまんなーい。でもでもー、リエかわいい?」


 桂木妹があざとく首を傾げた。わかっていても華がある。


「うん、かわいいよ」


 純粋に桂木妹はかわいいと思う。ユマが俺のことをじっと見た。かわいい、という言葉に反応したようだった。


「ユマもかわいいよ」


 ユマはまたコキャッと首を傾げた。


「ユマちゃん、だっけ? かわいーい!」

「ところで、さっき気になったんだけど」


 桂木妹とユマがかわいいのは置いておくことにして、なんか引っかかった。


「なーに?」

「LINEは一日一回でカンベンって、それ以上送るものなのか?」


 今時の若者は。

 いや、俺も若者なんだけど。


「んー?」


 桂木妹が唇の下に指を当てて考えるような顔をした。そんなあざとい仕草もかわいいと思う。


「わかんないけどー、前のカレシはー……」


 桂木妹が指折り数える。


「LINEはねー、最低朝昼晩だって言ってたー。その他にもいっぱいLINEよこせって言っててー、あんまりウザいからフッたんだけどー、まだLINE入ってくるんだよねー」


 俺は桂木さんを見た。桂木さんはそっと目を反らした。


「……それ、ストーカーでは?」


 かわいいからなのか。どうもこの姉妹はおかしな男を捕まえる運命らしい。


「もしかして妹さんがここに来たのって……」

「そう、なんです……」


 やっと桂木さんが白状した。



ーーーーー

みんなかわいい。かわいいけどたいへん。

うちの読者様方みんな優しい。

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