161.台風の日はこう過ごす

 雨風が想定外に強くて家がガタガタバリバリ鳴ったのがすごく怖かった。

 元庄屋さんの家なせいか、この家はけっこうな広さがある。普段は土間と座敷がある居間にいるが(仕切りの襖はあったが今は取っ払っている)、寝室として使っている座敷の奥にも襖を隔てて座敷がある。寝室と奥の座敷の反対側にも廊下があり、その廊下と座敷の間には半分だけのガラス障子がある。昔は普通の障子だったらしいが、張り替えるのがたいへんだということで半分をガラス障子に変えたのだと言われた。(半分だけでも手間ではないのだろうか)ガラス障子の向こうにある廊下は入側縁というらしい。入側縁の外側に窓があって雨戸がある。その向こうはいわゆる縁側。濡れ縁だ。

 古い家のせいか強い風のおかげで家中がギイギイガタガタと揺れた。それだけではなく俺の頭の向こうにあるガラス障子がバリバリバリバリッとすごい音を立てて生きた心地がしなかった。ガラス障子にしないのにはしないだけの理由があるのだなと実感した。

 そんなわけで寝不足である。昨夜ほど風は強くないが、それでも家はギイギイガタガタと時折揺れている。壊れないといいけど。


「……自然の驚異、すごすぎる……」


 とりあえずニワトリたちに朝ごはんをあげよう。あげてからまた寝てもいいよな?

 そう思いながら居間に移動した。

 天気が悪いせいか三羽はまだうずくまっていた。でも俺が行くと目を覚ましたらしい。


「オハヨー」

「……オハヨー」

「オハヨー!」


 と挨拶してくれた。


「おはよう。ちゃんと眠れたかー?」

「ネター」

「……ネタ」

「ネター!」


 タマはよく眠れなかったらしい。寝室の方のバリバリという音が聞こえていたなら申し訳ない。張り替えは面倒かもしれないが障子に戻した方がいいかもしれない。どちらにせよそれは、雨が止んでからの話である。

 今朝は卵を産まなかったようだ。残念だがそれは仕方がない。買ってきた菜っ葉類と豚肉を朝食として出した。俺はどうせ今日は特にやれることもないので昨日の残りのごはんと野菜と肉で雑炊にした。うん、我ながらなかなかうまい。味付けは顆粒だしとみそだけだが、これがまたうまいのである。もちろん醤油もみりんも酒も買ってある。みりんと酒の区別はついていない。なんかレシピを見ながらここはみりんなのか、これは酒なのかと確認しながら作っている程度である。鶏ガラスープの素も炒め物などでけっこう使うから買ってある。こちらも顆粒で使いやすい。

 台風のおかげで暗いので、今日は朝からずっと電気をつけている。ニワトリたちが驚かなくてもいいように、「風と雨が強いからいきなり電気が消えることもあると思う」とは伝えておいた。びっくりして飛び上がって怪我とかしたら困るもんな。

 朝食を食べ終えて、玄関のガラス扉を少しだけ開けて後悔した。

 風がっ風がっ。

 こういう時って開けちゃいけないんだっけか。割れたらどうするつもりだったんだ、俺。

 ポチとタマが俺の様子を見てコキャッと首を傾げていた。

 外出ていーい? と聞かれているようだった。


「今日は台風で風がものすごく強いから家にいてくれ」


 二羽にはショックを受けたような顔をされた。


「ちょっと失礼」


 ポチをぐっと持ち上げてみる。思ったより重い。それでも15kgぐらいしかないんじゃないだろうか。


「この重さじゃ風に飛ばされるぞ? それになんか飛んできてぶつかって怪我したらいやだろう? 風って怖いんだからな」


 と言い聞かせた。みんな素直にふんふんと聞いてくれた。でもタマだけは玄関の側から長いこと離れなかった。体力余ってるんだろうなと思った。

 梅雨の時期もあまり出られなかったと思うけど、それでも雨が降っているだけで気温はそれほど下がっていなかったから表に出す日もあった。


「タマ、明日は大丈夫だと思うから、今日は家にいてくれよな? 俺、お前たちが心配なんだよ」


 そう諭すように言ったら、タマが頷くように顔を前に出した。そこで済んでしまえばよかったがそうは問屋が卸してくれないらしい。タマはそんなことわかってるわよッ! というように俺を散々突きまわした。


「いてっ! タマ痛いってっ! しょうがない、だろっ! いててっ!」


 念の為作業着を着ててよかったと思った。全くなんでタマはこんなに狂暴なのか……。

 ぼろぼろになったが今日は家の中の掃除をする日と割り切った。床を掃いたり畳を掃いたりしてほこりを取り、掃除機をかけたりした。

 そういえば山暮らしというとトイレや生活排水などの問題があると思う。一人だから大丈夫ーとそのまま放流するのは嫌だったのでそこはしっかり確認をしていた。

 そう、なんとうちには合併浄化槽が設置されているのである。さすが元庄屋さんち。

 浄化槽とはなんぞや? と思う方には簡単に説明しよう! 浄化槽はバクテリア等の微生物の働きによって汚物を分解するのだ。つまり浄化槽を通して放流すると汚れの量が少なくなるのである。とはいえバクテリア等が全て分解してくれるわけではないので汚泥が中に溜まる。それは専門業者に頼んで取ってもらうのだ。うちはついこの間取ってもらったのでまた来年だ。もちろん浄化槽点検業者さんにも来てもらっている。せっかくのサワ山だ。キレイに暮らしていきたいものである。

 風呂掃除やトイレ掃除などをして、昼寝をしたりして台風の日は過ごした。

 翌朝は嘘のような快晴だった。ポチとタマが張り切って、朝食の後ツッタカターと駆けて行ったかと思うとポチが滑ってこけた。

 あーあ……と見ていたら、スクッと起き上がってまた駆けて行った。懲りない奴である。


「……帰ってくるまでにどれだけ汚れるかな……」


 俺は少しだけ遠い目をした。

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