143.柿の季節が近づいてきた

「栗って意外とたいへんですね~」


 桂木さんが笑って言った。たいへんだったようである。

 翌日、おっちゃんちである。昨日の時点で、栗の天日干しが終わったところだったらしい。水に浸けて軽い物をはじき、天日干しにして粉が吹いた物をはじき、残った物を茹でて皮を剥いて……。


「地獄ってここにもあるんだなーって思いました」


 御愁傷さまである。でも茹でた後なので虫は死んでいるから、試しにドラゴンさんにあげたら意外と食べたらしい。死んでたのに食べたんだと少し意外に思えた。

 で、食べられる場所をくりぬいたりなんだりして持ってきたようだ。最初にあった量からはくらべものにはならないがそれでもかなりあったようで、おばさんが栗ご飯を作ってくれるそうだ。


「私の土地ですし、来年はきちんと農薬撒くことにします!」

「農薬って簡単に手に入るんだっけ?」


 俺は首を傾げた。


「買うは買えるみたいなんですよね~」

「栗は俺も気にしないからわかんねえな。農薬使う場合は先に病害虫防除所に相談した方がいいぞ」


 気にしないとはどういうことか。虫入りでも気にしないで食べるという意味か。おっちゃん最強である。


「病害虫防除所、ですか。ありがとうございます」


 桂木さんがふむふむというようにスマホにメモっていた。最近はなんでもスマホだよな。


「相川さんは栗は……」


 相川さんに話を振ると苦笑された。


「最初来た年に採ってみたんですけど、そういう知識がまるでなかったのでたいへんな目に遭いまして」

「もしかして……」

「穴が開いてるとかそういうのも何も考えずに鍋で茹でましてね。いやー、苦労して皮を剥いてびっくりしましたよー」


 はっはっはっと乾いた笑い。


「じゃあそれ以降は?」

「はい、採ってません」

「ですよね……」


 それはご愁傷様としか言いようがない。とはいえ山栗はなかなか味が濃くておいしい。しっかり管理されているところがあれば買いたいなと思うぐらいである。


「うち、墓の南側にあった木が栗の木だったんですよ。だからしっかり手入れしたら来年は食べられるかなーって」

「ああ、あそこ栗林だったんですか。じゃあ冬の間に手入れしてしまいましょう」


 相川さんもノッてくれた。つか、相川さんの山の手入れはどうするんだろう。


「じゃあ今度俺もそちらに手伝いに行きますよ」


 そんなことを話していたら視線を感じた。視線の先を見ると桂木さんがじいっと俺たちを見ていた。


「……うん、いいですよね。男同士の友情って」

「うん? いいだろ?」

「……これが萌えってヤツですよね。私、おっ〇んずラブには全く萌えなかったのに……」


 おっ〇んずラブってなんだ。俺まだ二十代だけど。相川さんがはははと乾いた笑いをした。


「まぁ、おっさんといえばおっさんですよね……」

「三十代前半じゃなかったんですか?」


 そして反応するところはそこなのか。ラブへのツッコミは誰もしないのか。へんにダメージ受けそうだから流すか。


「よーし、じゃあ柿採りに行くかー」

「はーい」


 籠をしょい、野良仕事仕様で畑から山を少し上った。ポチとユマがなになにー? というようについてくる。今までは入っていいとは知らなかった土地である。二羽とも楽しそうに草をつついたり虫をつついたりしながらついてくる。そう上らないうちにちょっと開けた場所に出た。


「おお! 柿畑じゃないですか!」


 そう言いたくなるぐらい柿の木が何本も生えていた。どれもこれも立派な実をつけている。持ってきたはしごをかけ、赤く、熟した実を採らせてもらった。


「こっちは渋柿だ。干し柿を作りたければこっちだな」


 おっちゃんがそう言いながらそちらも採っている。まだちょっと時期的に早いらしく、それほど数は採らなかった。それでも手入れがいいのか、どの柿もとても立派だった。ネットなどがばさっとかかっていて、かかっていない木の柿は鳥が啄んでいる。あれは鳥に食べさせる用にわざと被せてないらしい。そういうのが二、三本あった。


「うちは特に出荷してるわけじゃねえからな。多少は食われてもいいんだ。だけど全部啄まれたらたまんねえだろ? だからネットをかける木とかけない木を分けてんだ」


 ちなみに渋柿には全く被害がないようだった。鳥も甘くない柿はわかるんだな。


「ああ、ここにも来てやがるなぁ……」


 おっちゃんが木の下などを見て呟いた。


「なにがですか?」

「イノシシがいるらしいって言っただろ? ほら、毛が落ちてる」

「……そうですね」


 俺は桂木さんと顔を見合わせた。柿と栗に夢中になっていてイノシシのことを忘れていた。でもさすがにそんなこと言えない。


「なー、ポチ、ユマー」


 おっちゃんがなにかを思いついたようにうちのニワトリたちに声をかけた。

 なあにー? と言っているように二羽がおっちゃんのところへとてとてと近づいた。


「おっちゃんよー、最近この辺にイノシシが出て困ってんだよー。イノシシ見つけたら狩ってくんねえかなー」


 ポチがわかったというようにクァーッ! と勢いよく鳴いた。


「なーんて、な……え?」


 おっちゃんは冗談のつもりだったらしいが、ポチはそれを依頼ととったらしい。すごい勢いで山の上の方へ駆けて行ってしまった。


「しょ、昇平っ!?」

「……さすがに無理だとは思いますけど……」


 イノシシ狩ってこいと言われて狩ってくるニワトリがいてたまるか。でもあの尾だしなぁ。あの尾、本気で振り回されるとかなり痛いんだぜ?

 ユマはぽてぽてと俺の近くに寄ってきた。


「おっちゃんの冗談だからさ……気にしなくていいからな?」


 あんまり戻ってこないから柿を抱えて山を下りた。後でユマを探しに行かせるとしよう。

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