117.一週間は意外と早く過ぎました

「佐野さん、今回のことは恩返しの一部ですから、僕が必要以上と判断した分は受け取りません」


 相川さんはきっぱりと言った。

 恩返しって、実際俺は何もしていないと思う。俺がしたことと言えば一緒に町に買物に行ったぐらいだ。それも自分も買物がしたくて行ったのだから恩になんて感じてもらうことじゃない。そう言ったらため息をつかれた。なんなんだ、いったい。


「佐野さん、これは僕の思いなんですよ。佐野さんが何一つ負担に思うことなんてないんです。、僕一人だったら間違いなく逃げていました。彼女が追いかけてきたんじゃないかって誤解して、手紙を受け取ることになって、今でも疑心暗鬼にかられていたと思います。だからあの時佐野さんが付き合ってくれて、一緒に話を聞いてくれた。それが何にも代えがたいんですよ」


 俺が思っていたよりも相川さんがあの時のことを感謝している、というのはわかる。直接話したから手紙も受け取らないで済んだ。だから長年相川さんを苦しめてきた出来事はあれで終わったのだ。


「でも……それで俺が調子に乗ったりしたらまずいでしょう。こんなに親切にされて増長しない自信なんて俺にはありませんよ」


 そう言うと相川さんは笑った。


「佐野さんは本当に真面目ですよね。佐野さんは増長なんてしませんよ。気になるのでしたら、もし僕が困った時はまた助けてください」

「そんな……」

「話はこれで終りです。さーて次は何をしましょうかー」


 相川さんは一方的に話を切り上げると、鎌を持って家の周りの雑草を刈りに行ってしまった。いや、それはすごく助かることなんですけどもそうじゃなくて……。


「俺が相川さんを助けられる場面なんかあるわけないじゃないかー……」


 とりあえず桂木さんには「足りてる。大丈夫」とLINEを返しておいた。俺自身は何もしていないのになんでみんなこんなに親切なんだろうな。

 何かお礼、と考えるも自分にセンスがないから困る。

 とりあえず今は指を治すことに専念しよう。

 考えるのは後だ後!

 指を負傷してから4日目も桂木さんからLINEが入った。怪我の具合はどうかということと、買い出しは? との伺いだった。相川さんが「必要ありませんと返事してください」とにっこり笑んで答えた。やっぱり妙齢の女性は苦手のようである。

 まだ指の絆創膏が外せそうもない。大分治ってきたとは思うんだけどな。


「そろそろ絆創膏ははがしても……」

「だめですよ」


 相川さんに、目が笑っていない笑顔で止められた。はい、申し訳ないです。

 そしてまったりと日数が経った。

 なんとも長い一週間だった。相川さんのおかげでかなり楽をさせてもらったと思う。絆創膏も外せたし、もう大丈夫だ。桂木さんからも連日LINEが入ってきたが、「必要ありませんと返してください」と相川さんに言われたので毎回断っていた。それでも桂木さんはめげなかった。すごいな、と少し感心した。


「本当にありがとうございました」


 と頭を下げる。今日帰るのでアメリカザリガニを捕れるだけ捕って帰るそうだ。相川さん、今日帰るんだよとニワトリたちに伝えたら、ザリガニ捕りをタマも手伝うことにしたらしい。さあ行くわよ! と言わんばかりにふんすふんすと鼻息を荒くしていた。いや、あのタマさん、競争じゃないんですけど。あんまり調子に乗って泥だらけとかは勘弁してほしい。


「いやあ、佐野さんちのニワトリは本当に面白いですよね。うちも三匹買えばよかったかな」

「……そ、それはすごそうですね」


 大蛇が三人もいたら合体してキングギドラになりそうだ。火なんか噴かれたら山火事になってしまう。キングギドラ危険。


「でも三匹もいたら軽トラに乗らないかもしれませんね。それはやっぱり困るな」


 重さはともかく横幅が、とか考えると少し難しいかもしれない。

 ザリガニはまたバケツ一杯分捕れた。だからいつになったら少なく……来年は少なくなるよね! そういうことにしておこう。今から先のことなんてあんまり考えたくない。つか、来年も多かったらへこむ。


「何かあったら連絡ください。すぐにかけつけますから」

「はい、わかりました」

「絶対! ですよ」


 相川さんは念押しして帰って行った。うん、イケメンのオカンだ。

 オカン、ありがとうと西の山に手を合わせた。

 今日やるべきことも相川さんがあらかたやってくれたので俺はすることがない。昼食も食べた後なので眠い。

 相川さんが帰ってしまうとポチとタマは用事は済んだとばかりにツッタカターと山の奥へ駆けていってしまった。お前らな、今日から洗うのは俺なんだからお手柔らかに頼むぞ。(聞いてくれたためしはない)

 ユマを見やる。大分背が伸びたなと思う。


「ユマ、昼寝しよっか」

「スルー」


 うちに戻って俺は土間の近くに寝そべって。ユマは土間でも俺の近くでもふっと座って。そうして俺たちは穏やかに、二人きりでまどろんだのだった。

 そうだ、夕飯どうしよう。食材あったかな。




ーーーーー

「あの時」については38、39話を参照してください。

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