116.西の山の住人と、山の上の墓参りに行った

 昼寝から起きる前に相川さんは戻ってきてくれていたらしい。にこにこしながら採れたてのトマトときゅうりを出してくれた。おやつの代わりらしい。なんか相川さんが村のおばちゃんに見えた。

 そうか、相川さんはオカンなんだなと納得した。イケメンのオカン。

 本人には絶対言わないけど。

 おやつはユマも土間で食べた。口の周りが赤くなっているのがなんかスプラッタに見えて心臓に悪い。台拭きで拭いてあげたら、「アリガトー」と言われた。ユマかわいい。


「佐野さん、よろしければ上の墓参りをさせてもらってもいいですか?」

「いいですよ。上に上がる道は一本道なので軽トラで上がって行けばすぐ着きます。行きましょう」


 新聞紙、ライター、バケツ、ブラシ、線香、鎌、軍手、ごみ袋などを用意して、帽子も忘れずに。ああもう片手がうまく使えないって不便だな。

 相川さんの軽トラに乗り込む。ユマもついてくるというので荷台に乗ってもらった。なんかもふっと荷台に乗っている姿って、いつ見てもかわいいよな。親バカの自覚はある。ほっとけ。

 上に行く道を上ってもらって、突き当りの開けた場所が終点だ。おかしいな、ついこの間草刈りをしたばかりなんだが……。


「こんなところに、お墓があるんですね。うちの山にもきっとあるはずですよね……」

「相川さんは売り主さんには聞いていないんですか?」

「いえ、墓ももちろんあったはずなんですが必要なお骨は町の方に持って行ったと聞いたんですよ。でもずっと山で暮らしていた人々のお墓は、あるはずです。今度聞いてみます」


 近くの川で水を汲み、墓を掃除する。周りの草刈りは相川さんがかってでてくれた。ありがたいことである。


「コスモスが咲いていますね」

「あ、本当だ……」

「これは残しておきましょう。きっと誰かが植えたんでしょうから」

「そうですね」


 もしかしたら雑草だと思って抜いていたものの中にもコスモスがあったかもしれない。悪いことをしたなと思った。墓から少し離れたところで、コスモスが固まって咲いていた。


「あまり雑草が多いと来年も育ちませんから、抜けるだけ抜いていきますね」

「ありがとうございます」

「……こっちの木もだいぶ育ってますね。切れるなら切った方がもっと日当たりはよくなりそうです」

「そうですよね。そっちが村なのでできれば見通しよくしたいとは思ってるんですけど」

「うーん、じゃあだめになっている家屋の解体のついでに、できたら切りましょうか」

「そうしていただけると助かります」

「ちょっと仲間と相談してみますね」

「お願いします」


 相川さんがいろいろ見てくれると話が早い。11月頃に家屋の解体と、ここの木も切れればかなり様相が変わっていくだろう。想像しただけでわくわくしてきた。

 ユマはトットットッと移動しながら草をつついている。きっと虫がいるのだろう。タンパク質、自力で取らせてごめんな。

 線香に火をつけて、相川さんと一緒に手を合わせる。顔も見たことがない人たちだけど、この山で暮らしてきた人たちだ。敬意は払わなければいけないと思っている。少しぼうっと線香の煙を眺めていた。まだまだ日中は暑いが、風が吹けば爽やかだ。


「相川さん、ありがとうございます」

「いえいえ、気が付いていなかったことに気づけました。こちらこそありがとうございます」


 互いに頭を下げあって、片づけをして撤収した。線香の火もきちんと消して持ち帰りである。山火事になんかなったらたいへんだ。

 帰りもユマは荷台に乗ってもふっとなった。うん、癒される。


「そういえばザリガニ持って行かれたんですよね。リンさんたち、どうでしたか?」

「ああ、ありがとうございました。とても喜んでいましたよ。リンとテンは基本自力で餌をとっていますし、毎日食べる必要がないのでなんというか山の同居人みたいなかんじですね。それでも夜は家に戻ってきて寝てくれますから寂しくはないですけど」

「確かにそれだと同居人っぽいですねー」


 家に戻って片づけをしている間に、朝のうちに干してもらった布団を取り込んだりと慌ただしく作業をした。俺はほとんど何もやってないけどな!

 こうしてみると誰かとの暮らしっていいなと思う。ただこれは俺がお世話になりっぱなしだからそう思うことで、きっと怪我も何もなかったらうっとうしく感じるかもしれない。そんなことをぼんやり考えていたらLINEが入った。

 桂木さんからだった。


「不便なこととかないですか? 買い出しぐらいなら私もできますよ!」


 あんなに山を出ることを渋っていたのが嘘のようだ。


「相川さん、桂木さんが買い出しぐらいならしてくれるというんですが……」

「え? 肉も野菜も買ってきましたから大丈夫ですよ」


 さらりと答えられた。それ、俺聞いてないんですが。


「相川さん、お金……」

「僕も食べるんですからいりませんよ」


 にっこりしないでほしい。


「だめです。相川さんは俺の世話をしてくれているんですから、相川さんの分も俺が払うべきです」


 更に謝礼も必要だ。こういうことは甘えっぱなしはいけない。


「佐野さんは真面目ですね」


 困った顔してもだめだからな。絶対払わせてもらうし、もし受け取らなかったら謝礼金を増やしてやる! 絶対に受け取ってもらうぞと俺は意気込んだ。

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