113.至れり尽くせりで堕落しそうです

 おっちゃんちの風呂は広い。今日ぐらいは入らなくても、なんて思ったが片付かないから! と相川さんと先に風呂場に追いやられてしまった。相川さんも今日から俺の世話をする、ということで片付けが免除になったらしい。なんだか申し訳なかった。

 一人でできますよーなんて言ってはみたものの、実際傷口を濡らさないようにとビニール袋なんか巻いてもらったら頭が洗えない。たかが左手の指一本、されど指一本である。身体を洗うのはともかく頭は相川さんに洗ってもらうことになった。え? 頭ぐらい一日洗わなくてもいいんじゃないかって? 俺もそう思ったけど、今日は冷汗かいたり脂汗かいたりといらん汗をかいて全身ベタベタのところに、締めがBBQだったものだから煙くてしかたがない。お前は焼いてないだろって話なんだけど風向きがね、運悪く座敷にね、うん。ようは四の五の言わずに頭洗っとけって話なんだよ。


「お客さーん、かゆいところはないですかー?」

「ありませーん」


 大の大人が美容院ごっことか。誰も聞いてなくてよかった。


「ふー……さっぱりしました。ありがとうございます」


 湯舟に浸かってやっと一息ついた。おなかは満足、指もまだ痛いけどまぁ大丈夫。頭も洗ってもらってすっきり。なんとも至れり尽くせりである。


「いえいえ。やっと佐野さんのお役に立てて嬉しいです」


 こういうことさらりと言えるからモテるんだよな。


「そういえばさっき、桂木さんと普通に話してましたね」

「え? そんなことありました?」


 桂木さんが俺の面倒を看ると言い出した時である。相川さんは全然意識していなかったようだった。


「うーん……まぁ、精神的なものでしょうしね。妙齢の女性だと意識しなければ普通に話せるようになるかもしれません」


 それはそれでどうなんだ。妙齢の女性と意識しなければって、それ恋愛とかできなくないか? とは思ったけど藪蛇なのでやめておいた。下手につついてリンさんにぐるぐる巻きにされてはたまらない。骨バキバキに折られて死ぬ。

 お風呂から出ておっちゃんたちに声をかけて、ニワトリたちを確認してから寝た。広い座敷に布団だけ出されていたのを相川さんが敷いてくれた。頭が上がりません。そろそろ土に埋まるかもしれない。

 んで翌朝である。


「~~~~~~っっ!!」


 意外と左手も使っているということがよくわかる。起き上がる時にいつも通り手をついて、激痛に固まることとなった。痛い、マジで痛い。ハンパない。縫ってもらったから早目に治るだろうけど今日はまだめちゃくちゃ痛い。

 うわん。

 悲鳴を上げないで済んでよかった。まだ松山さんや秋本さんが盛大ないびきをかいて寝ている。けっこう盛り上がって飲んでたからなぁ。相川さんはすでにいなかった。相変わらず布団が丁寧に畳まれている。布団畳めるかな、と思ったところで桂木さんがやってきた。


「佐野さん、おはようございます。起きてたんですね」

「うん、おはよう。今起きたところだよ」

「着替えたら来てくださいね。もう朝ごはんできてますから」

「わかった、ありがとう」


 着替えるのもちょっとたいへんだった。そういえば昨日の作業着は相川さんがさっさか脱がしてくれたのだった。あまりにも手際がよかったから普通にやってもらったけど、俺甘えすぎだろ。と思ったら相川さんが来た。


「おはようございます。着替えはどれですか?」

「おはようございます。え?」


 朝の着替えまで手伝ってくれるつもりだったらしい。さすがにそれはお断りした。いくらなんでも甘えすぎだし、松山さんや秋本さんに見られたくはない。例えそれがなんの他意もない行為だとしても俺がなんか嫌だった。

 どうにか着替えたら布団を畳んでくれた。だからどんだけ至れり尽くせりなんだよ。IKKOさんが出てきそうだ。


「行きましょう」

「布団、ありがとうございます」

「気にしないでください」


 もろもろのことを相川さんに任せたらすごい勢いで堕落しそうで怖い。


「おはようございます」

「おー、昇平。手はどうだ?」

「ありますよ」

「指だ、指」

「痛いです」


 手がなかったらたいへんだ。おっちゃんはすでに起きていた。あれだけ飲んだのに元気なことである。

 今朝も梅茶漬けだった。一滴も飲んでいない翌朝だけど、肉はたんまり食べたからさっぱりしててうまい。やっぱうちも梅干しを常備することにしよう。お茶漬けの素はあったら嬉しいがなくても大丈夫だ。緑茶を淹れればいいだけの話だ。そういえばほうじ茶で米を炊くなんてのもあったな。今度やってみようと思った。


「いつもと変わらないけど、足りなかったらおにぎり作るからね」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 桂木さんが嬉しそうにおばさんに返事をした。桂木さんと相川さんは俺を挟んで座っている。山の位置の通りに。


「昇平」

「はい」


 おっちゃんに声をかけられた。


「なんか少しでも異常を感じたら病院に行くんだぞ、わかったな」

「はい、わかりました」


 やっぱり破傷風とかその他のことが怖いんだろう。そう考えるとワクチンの開発って偉大だなと思う。今は産まれて二か月ぐらいから予防接種があるらしいとニュースで聞いた。それによって子どもがかからなくていい病気にかからなくなるのは、とてもいいことだと思う。

 俺は昨夜飲めなかったが相川さんは普通に飲んでいた。なので夕方頃相川さんの軽トラで山に戻った。相川さんはそのまま泊まり込みをしてくれるそうだ。相川さんへのお礼ってどうしたらいいんだろう。頭を悩ませる俺だった。

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