75.祭りの手伝いを終えて思い出す
山に戻ったらユマが玄関で待っていてくれた。……泥だらけで。
本当はすぐにでも抱きしめたかったが、さすがにその状態ではできなくてたらいを出して洗った。いったい何をしていたんだろう。ポチとタマの姿はない。相変わらずパワフルに山中を駆け回っているに違いなかった。
「ユマ、ただいま~」
「オカエリー」
思わず顔がほころんでしまう。ユマかわいい。
この時期は川の水がとても気持ちいい。冷たくて、澄んでいるように見えるが人はそのままでは飲めない。水道は川の水(一応湧き水だ)をそのまま引いているけど(途中にろ過装置はある)飲み水は浄水器で出して沸騰させる。必然的に飲み水としてペットボトルをまとめて買っている。いろいろ面倒ではあるがさすがに慣れた。
ユマがキレイになったので、何度か身体をぶるぶるしてもらってからタオルで水気をとった。乾くまでは抱きしめるのもお預けだな。ユマが嫌がらない子でよかったなと思った。
太陽が西の空に消えて、天から光が消えようとしている頃やっとポチとタマが帰ってきた。……泥だらけで。だからお前らはいったい何をしていたんだよ。
「ポチ、タマ、ただいま」
「オカエリー」
「オミヤゲー」
第一声がお土産って、タマ、お前って子は……。
二羽も素直に洗わせてくれた。キレイになったところで家に入れる。
おっちゃんちからいただいてきた野菜を食べやすい大きさに切って出す。タマが首を上げた。
「オミヤゲー」
本当によく覚えてるなぁ。
野菜だけではダメらしい。
「ちょっと待ってろ」
冷蔵庫を漁って俺が食べるつもりだった豚バラ肉を分けてあげたら満足したようだった。もちろん全員均等に。ニワトリって肉食だっけ? なんて今更か。
今頃になってどんな屋台があったのか気になった。
「……おっちゃんに教えてもらえばいいか」
もう済んだことだし。カラーひよこ売ってたら買っちゃいそうだったし。
今回は相川さんはノータッチだった。猟師仲間がその手の当番になった時に手伝うことにしているらしい。確かにその方がいいと思う。こういった行事は基本ただ働きだ。時間がある人とか、やる気がある人ならいいけどそうでなければきつい。おばさんたちだってサポートに徹して食材とか料理とか準備してくれていた。
「手土産、どうしようかな」
おっちゃんというか、おばさんへのお礼を考えなければいけない。また相川さんに聞いてみよう。俺はセンスがなくていけない。
当たり前のようにユマとお風呂に入る。改めて丁寧に洗い、羽をふかふかにする。本当にこの羽が気持ちいいのだ。
ユマに断って抱き着く。幸せだなぁと思う。
「ごめん、ユマ。しばらくこのままでいいか?」
「イイヨー」
ユマさん、優しい。惚れます。
土間が見えるところでやっているのでポチとタマの視線が冷たい。いいじゃないか、俺には癒しが必要なんだよぅ。一晩離れるとか俺にとってはやっぱりきついようだ。こんなんで実家に帰省とかできない。だってニワトリを連れて行くわけにいかないし。
「あー、じいちゃんの墓参りどうすっかなー……」
行くとしたらお盆前のこの時期か涼しくなってからだろうか。……涼しくなってからでいいか。十月ぐらいとか。
後回しにしている自覚はあるがまだ地元の人間と顔を合わせるのが怖いのだ。そう考えると昨年末からのことが怒涛のように思い出された。
あんなに早く婚約したのがまずかったのだろうか。でも彼女はなんだか焦っているように見えた。早く結婚しないといけないような、そんな印象を受けたのだ。
本当なら七月には結婚しているはずだった。いろいろなことがあったからすっかり忘れていたけど、とっくに結婚予定日を過ぎてしまった。恨みはある。まだ思い出すだに腹が立つ。式場のキャンセル料は発生しなかったけど、婚約をしていたことで多額の慰謝料をもらった。金をやるから黙ってくれという話なのだろう。あの様子だと彼女が留学してすぐぐらいにあの両親は相談を受けていたのだと思う。それぐらい仕事が早かった。
状況なんて一瞬で変わる。帰ってこないと聞かされた時の、足元がなくなるような感覚は忘れられない。
もうここにきて五か月が過ぎたけど、時折思い出しては叫び出しそうになる。
傷つけた者はすぐに忘れるのに、傷つけられた者はいつまでもそれを引きずっている。なんて理不尽で不公平なんだろう。
手を伸ばしたら、ユマの羽に触れた。今日は布団の隣で丸くなっていてくれた。
「ユマ、ありがとうな……」
そういえばまだワクチンの飲水接種させてないな。また獣医さんに相談しなければ。
長生きしてほしいから、いろいろ考えないと。
そんなことを思いながら俺はやっと安心して眠りについた。
「お祭りの手伝いお疲れさまでした。お盆はどうされますか?」
翌朝、相川さんからLINEが入った。相変わらずまめだなと思いながら聞かれた意図を考える。相川さんは山を買ってから一度も帰省していないと言っていたが、今年こそは帰省するつもりなのだろうか。
「ありがとうございます。お盆はこちらにいます」
「そうですか。こちらでのお盆の過ごし方はご存知ですか?」
お盆の過ごし方?
首を傾げた。何か特別な習慣でもあるのだろうか。文字でのやりとりはもどかしいかったので、俺は相川さんに電話をかけて聞くことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます