51.会合初参加! やっぱ実物を見ないとね

「なんだよ、来てたんなら声かけろよー」


 おっちゃんに言われて頭を掻いた。あの状態でおっちゃんを呼ぶ勇気はなかったのだった。


「えーと、その……」


 家の方をちら、と見る。おっちゃんも家の方を向いて、「あー、まぁなぁ……」と曖昧に呟いた。女性たちにはかなわないものだ。

 自然二人してニワトリたちの様子を眺める。畑はそれなりに広い為一番向こうにいるとニワトリたちも小さく見えるが、これだけ作物が実っているのに姿が見えることが異常である。アイツらまた育ってないか? 最終的にどこまででかくなるんだろーなー。うちの天井突き破ったらやだなー。

 そうしてお互いぼーっとしていると人がポツリポツリとやってきた。会合に参加するおじさんたちだった。軽トラも何台もやってきたが、敷地が広いのでいっぱいにはならない。おじさん、というかおじいさんといえるような人たちも集まってきた。


「おう、嫁に追い出されたのかー?」


 以前イノシシの解体を手掛けてくれた秋本さんも来た。


「似たようなもんだ」


 おっちゃんがしれっと答える。


「やあ、佐野君」

「こんにちは、秋本さん。その節はお世話になりました」

「いやいや、また捕まえたら連絡してくれよ。で、あれが佐野君ちのニワトリだね」

「はい」

「でっかいなぁ……前あんなにでっかかったっけ?」

「……成長著しいんですよね。もう1m超えてしまって」

「すごいなぁ、どうなってんだろうねえ」


 そんなことを話しながらようやく俺たちは動き始めた。


「ポチー、ユマー、家の中にいるからなー」


 ニワトリたちに声をかける。二羽共こちらを見たから大丈夫だろう。ぞろぞろとおっちゃんちに入った。料理はあらかたできていて、俺はおっちゃんと秋本さんに従い畳敷きの広間に腰を下ろした。今日は隣の座敷との仕切りの襖も外したらしい。かなり広くなっていた。おじさんたちがすでに腰を下ろしていて、おっちゃんの合図を待っている。

 おっちゃんが瓶ビールの蓋を開け、俺と秋本さんのコップに注いでくれた。あれ? こういうのって一番下っ端の俺がやることなんじゃ?


「今日はニワトリを派遣してくれた佐野君が参加だ。とりあえず乾杯!」


 おっちゃんの適当な合図でみんなビールに口をつけた。うまい。酒を飲んだら泊り確定だ。

 どうも会合というよりなんか口実を作っては集まって飲み食いして騒ぐ、という集まりのようだ。ひのふのみの……全部で十人以上いるように見える。おばさんたちは落ち着いたらおばさんたちで集まって飲み食いするようである。


「派遣は延長せんのか。他にも困っとる農家はあるみたいだぞ」

「金出さねえうちに派遣もクソもあるか。てめえらでなんとかしろっつっとけよ」


 髪が真っ白な老人が言う。おっちゃんは一蹴した。


「金、金、金と……たかが一日じゃろうが!」

「だったらじいさんがただでやってやりゃあいいだろーが!」


 えええええ。

 初っ端から喧嘩腰である。


「それはボラン、なんとかで……」

「あのなぁ、今時ボランティアなんか流行んねーんだよ! ボランティアってのはソイツが進んでやるこった。ニワトリが自分から進んでやってくれるわけねーだろ!」


 うん、そんな犠牲的精神をうちのニワトリに説いても無駄だ。っつーかそんなこと言ったらすんごく冷たい目で見られそう。つらい。


「ペットじゃろう! 飼主が言うことを聞かせればええ!」


 そうだそうだと老人たちが賛同する。めちゃくちゃなこと言ってんなーと思った。とりあえず料理が冷めそうなので食べることにした。


「ああ? 何か? じいさんちの犬猫はそこまで言うこと聞いてくれんのか?」


 やっぱ天ぷらうまい。刺身もぬるくなる前に食べないと。


「どこどこんちの畑行って毒蛇とってこい。噛まれても自己責任だって言えんのかよ?」

「そ、それは……」

「毒蛇やら毒虫の駆除なんぞ金払ってやってもらうか、自分たちでどーにかするもんだろーが。それをただ働きさせようたあどういう了見だ?」


 この漬物おばさんたちが漬けたのかな。うまいなー。


「……佐野君は大物だねぇ……」


 秋本さんがにこにこしながらそう言った。そういう秋本さんももりもり食べている。


「あ! 昇平、俺の皿にも刺身とっとけよ!」

「はーい」


 おっちゃんが気づいて指示する。俺は取り皿に刺身やらなにやらいろいろ取って盛った。これだけあれば大丈夫だろう。


「そ、そこの若造が飼主なんだろう? な、なぁ……村の為を思ってこれからも派遣してくれんか?」


 老人の矛先がこっちにきた。


「じいさん、ただ働きはさせらんねーぞ」


 おっちゃんが釘を刺す。俺はにっこりと笑んで答えた。


「お断りします」

「なっ……!」

「これだからよそ者はっ……!」


 その余所者に頼んでるのはどちらさまなんだろうか。


「この一か月、うちのニワトリたちはよく働きました。さすがにもうストレスが溜まっているようですのでしばらく派遣はできません。ご理解ください」


 多分これからも村の田畑の見回りをしてくれなんて言ったら俺が殺られそうだ。

 老人たちは絶句した。


「ってことだ。諦めてくれ。ニワトリたちはよく働いてくれた。あとは俺たちが気を付けていけばいいだけだ」

「隣村はどうなんだ。話が来ていただろう」

「あれも断った。さすがに隣村じゃ泊りになっちまうだろう」

「何を勝手なことを……」

「勝手なことをしたのはじいさんたちだろ。てめえが飼ってる生き物じゃねえんだ。もう少し考えてくれ」


 どうやら隣村にニワトリを派遣するという話は老人たちが持ち込んだものらしい。確かに勝手なことをするじいさんたちだ。


「一晩ぐらい泊りになってもかまわんだろう!」

「あ、ダメです。運動不足で夜中に起きて鳴き出すんで。近所迷惑になりますよ」


 運動不足だけじゃなくてストレスとかでも眠りは浅くなるしな。


「たかがニワトリの一羽二羽派遣もできんのか……」


 老人のその言葉に、俺はさすがにカチンときた。たかがニワトリ、ではない。うちのニワトリは世界一大事な、特別なニワトリたちだ。


「じゃあニワトリに直接頼んでください。納得すれば一日ぐらいなら行ってくれると思います」

「ニワトリに言葉がわかるわけがないだろう!」


 じゃあどうやって言うことを聞かせるんだよ? アイツらが俺の言うこと理解してなかったら指示なんか一切通らないぞ。


「表にいますから、探してきてください」

「ふざけるな! せめて玄関まで連れてこい!」


 俺はおっちゃんを見た。おっちゃんは肩を竦めた。


「じいさんたちが頼みたいんだろ? お願いする方が出向くのは当然じゃないか」

「お前はそうやって昔から生意気言いおって!」

「押さえるところは押さえてるわ!」


 また言い争いである。いくら隣の家と離れているとはいえ窓開いてるんだけど。ここまで騒いだら近所迷惑じゃないだろーか。

 と、思ったら窓の向こうにユマが見えた。


「ユマー、唐揚げ食べるか?」


 さすがに鶏肉ではなく豚肉である。

 声をかけると近寄ってきた。うん、縁側があるとはいえでかい。

 なんか静かになったなと思って振り向いたら、おっちゃんと秋本さん以外は目を剥いていた。

 まぁ確かに驚くだろうなぁ。

 俺はユマに顔を戻し、網戸を開けて豚肉をあげた。ユマはそのギザギザの鋭い歯で咀嚼すると、トットットッと駆けて行った。


「満足したら戻ってこいよー」


 声をかけてから席に戻った。


「なぁ昇平……あれ、前より大きくなってるよな?」

「たぶん、前より背が高くなってる気はしますね」

「あの尻尾、恐竜みたいだねえ」


 老人たちはもう何も言わなかった。あそこまででかいとは思っていなかったらしい。俺は内心ユマ、グッジョブ! とサムズアップした。

 そうしてそれからは比較的穏やかに飲み食いして会合は無事終わったのだった。



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サポーター限定番外編を近況ノートに載せました。

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