42.西の山をまた訪ねる。長雨の時の川は危険です

 恋愛対象にはならないとか、男として見られていないとかそんなことはどうでもいいんだ。桂木さんはかわいいとは思うが、手を出すつもりは全くないし。下心はない。うん、さっぱりない。(何度も言うと下心があるみたいだって? ほっとけ)


「あ」


 西の山に向かう途中、あることに気づいて軽トラを止めた。ポチに何事かとじっと見つめられる。


「なぁポチ、さすがにザリガニ捕ってくのは無理だよな?」


 リンさんとテンさんにお土産がない! と思ったけど、長雨で川は増水している。言ってからさすがに無理だよなと思ったが、ポチが顔を近づけてきた。え? これって戻れって話?


「え? ザリガニ捕るのか?」

「トルー」

「えええええ」


 更にポチの顔が近づいてくる。こわい、こわいですポチさん。その嘴の中のギザギザの歯がすっげえこわい!


「わ、わかった。戻って、ザリガニ捕ろう……」


 観念して言うとポチはやっと顔をどけてくれた。ただし、川の水が多すぎて捕れなさそうだったら諦めること、無理をしないことを条件にさせてもらった。あー、もうなんで俺ってば失言が多いんだろう。

 相川さんに少し遅れるとLINEを入れ、俺たちはバケツを持って川へ向かった。

 結果、当然のことながらあまり捕れなかった。うん、まぁあんなに流れが早くなってたら出てこないよね。それでもやはりかなり多く生息しているせいか、六匹ぐらいは捕れた。こんな山奥にアメリカザリガニ放流するんじゃねえよ。毒蛇も放つんじゃねえよ。

 ポチをざっと洗ったり拭いたりして、西の山に向かう頃にはもう昼になっていた。……いったい何をやっているんだろうとたそがれながら相川さんちに着いた。

 軽トラが停まる音を聞きつけたのか、リンさんとテンさんがゆうるりと近づいてくる。ポチが器用に軽トラのドアを開け、俺のドアの前に陣取った。開けることはできるようになったけど閉めるのは難しいようだ。って、勝手に鍵開けて出て行けるとかやヴぁくないか?


「リンさん、テンさん、こんにちは。うちのニワトリがこちらの山の虫などを食べてもよろしいですか?」

「イイ」

「カマワヌ」


 許可が取れたので「いいってさ」と伝えたがポチは俺から離れない。そんなに気にしなくても大丈夫なのに。


「佐野さん、こんにちは」


 相川さんがちょうど家から出てきて、笑顔で声をかけてきた。


「こんにちは。すいません、ポチがザリガニをお土産に持って行くって聞かなくて……いてっ、ポチ痛いって!」


 遅くなった言い訳をする。人のせいにスンナとばかりにポチにつつかれた。へーへー自業自得だってわかってますよ。だから痛いっての!


「ああ、そうだったんですか……」


 相川さんは何故か意外そうな顔をした。そしてにっこりと笑む。


「気をつかっていただいて、いつもありがとうございます」

「これしか捕れなかったんですけど……」


 相川さんはバケツを覗き込んで、


「この天気ですからしょうがないですよ。でも、怪我とかしませんでしたか?」


 とかえって心配されてしまった。こういうところがモテるんだよなとしみじみ思った。


「大丈夫です。やっぱり増水してる時はなかなか……」

「ですよね。今度またそちらにお邪魔してもいいですか?」

「はい、明後日以降でしたらいつでも」

「明日は何か?」

「あー……桂木さんのところに呼ばれてしまって……」

「佐野さん、モテモテですね」


 モテてないです。貴方に言われたくないです。でもなんで相川さんの目が笑ってないんだろう。妙齢の女性は苦手なんじゃなかったのか。


「いやー、全くの対象外だから平気で声かけてくるんでしょう。多分男だと思われてないですね」

「……そういうものなんですかね?」


 リンさんとテンさんにバケツを渡すと、


「サノ、アリガト」

「サノ、イイヒト」


 と寄り添われそうになった。どんだけアメリカザリガニ好きなんですかー? ポチが威嚇したのでさすがにそれほど近寄られはしなかった。すみません、蛇には慣れてきたんですけど大蛇はちょっと……。

 相川さんに促されてやっと家の中に入る。相変わらずのスタイリッシュ空間だ。壁に取り付けられた竹筒に紫陽花が刺さっている。まめだなと思った。

 お茶請けにと出てきたのはきゅうりの辛子漬けだった。


「あれ? 意外と辛くない……」

「漬けてから一週間経ってますから。けっこうマイルドになってますよね」


 うん、まめだ。

 お昼ご飯にと出てきたのは、小松菜と油揚げのみそ汁、雑穀ごはん、冷ややっこに筍などの野菜の煮物、そして豚肉の生姜焼き、そして漬物である。なんだこの豪華な料理。


「うわー! おいしそうです。いつもこんなに作ってらっしゃるんですか?」

「まさか、人が来た時だけですよ~」


 そういえば相川さんは狩猟をしているのだった。解禁の時期になると人が来るのだろう。


「まぁ、春から夏にかけては基本一人なので、こうして来ていただけると腕のふるいがいがありますね」

「……なんつーか、もう……甘えてばかりですいません……」


 手土産が、リンさんとテンさんにアメリカザリガニ六匹だけとか俺終わってる。


「佐野さんにはすごくお世話になってますから、そこは気にしないでください。佐野さんが思っているよりずっと、町についてきていただけるのはありがたいんですよ」

「でも、もう一緒に行く必要ないですよね」

「ええ~、そんなこと言わないでくださいよ~」


 道連れがいた方が楽ではあるので、これからも誘われれば一緒に行くかもしれないが。


「実はリンが、ユマさんを気に入ってるようなんです。女子同士気が合うんですかね。町で待っている間にいろいろ通じ合っていたみたいですよ」

「おおう、異種族(?)女子トークですか。そういうことならまた誘ってください」


 大蛇とニワトリの女子トーク。なんか見たいような見たくないような……。


「……終わってよかったですね」


 ポロッと口からそんな言葉が転げ出た。終ったっていうのかな。


「ええ……これでやっと、落ち着いて暮らせます。……山暮らしはやること多いですけど」

「ですよねー……廃屋の片づけもしないといけませんし、S町の動物病院にも顔出さないといけないし……」

「予防接種でしたっけ」

「するかどうかはまだわからないんですけど」

「……確かに規格外ですよね」


 お互いのペットが。

 そんなことを話して、夕方前には山に戻った。


「今日もいっぱい話せたなー……」


 男があんまり話さないなんてのは嘘だ。気が合う人がいればお互いいつまでだって話している。

 桂木さんへのもやもやはさすがに話さなかった。つか、相川さんの山を出るまで忘れていた。


「ま、なるようになるだろ……」


 おっちゃんがタマとユマを送ってきてくれた。明日はまたポチとタマが出勤するようだった。

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