40.山は平和。あくまでそれなりに

 昨夜ニワトリたちは騒がなかった。熟睡する運動量に達していたのだろう。でも平日の昼間は村での活動なので油断はしないことにした。まぁ、俺が油断しようがしまいが何も対処しようがないんだけど。

 相川さんの件については、昨夜のうちに弁護士から連絡があったらしい。確かに例の女性は先月末に結婚していて、別の、遠くの県に嫁いだようだった。飛行機であればそれほど時間はかからないが、それ以外の公共交通機関だとかなり時間がかかるという位置らしい。相川さんはもう二度と関わりたくないので、彼女の兄弟が手紙などを託そうとしてきても受け取らないよう弁護士に伝えたという。


「……ほっとしました」


 電話の向こうで、しみじみと相川さんが言っていたのが印象的だった。

 顔も見たくない。絶対に関わりたくない。それでもういいのだと、別に塀の中に放り込まなくてもいいのだというのが俺にはよくわからなかった。でもそういうものなんだろうとも思う。俺は相川さんではない。彼のことは彼が決めるべきなのだ。

 そして今日もニワトリをおっちゃんちに送っていった。


「いやー、ポチもタマもすげえ動くなぁ。確かにあれだけ動くんじゃあ、先週は運動不足にもなったはずだ。昨夜は大丈夫だったか?」

「ええ、昨夜はしっかり寝ていましたよ。この先……どうなるかはわかりませんけど」

「こっちはすっごく助かってるよ。昨日だけで三匹も見つけてくれたからな」

「ヤマカガシを、ですか?」

「いや、昨日はマムシも捕れたな」

「……毒蛇多いですね」


 田舎暮らしもけっこうサバイバルだ。


「つっても昨日は六軒分の田畑を回ってもらったからな。今日も一応同じところを回ってもらうが、もう捕れないだろ」


 ふと思い出す。


「そういえば、毒蛇を飼育していたってお宅に海外の毒蛇はいなかったんですか?」

「……いたらしいとは聞いたな。全く、どうやって手に入れていたんだか……」


 おっちゃんがうんざりしたように言う。きちんとした手順を踏み、許可をとって飼育している分にはいいのだ。それを処分に困ったからといって放つなど許されない。


「山向こうの村で一人噛まれたらしい。マムシだとは聞いているから関係ないかもしれんがな。どちらにせよ毎年一人ぐらいは噛まれるから気にしすぎかもしれないが」


 毎年一人噛まれるとかこわっ。毎年全国でマムシ被害は三千件ぐらいあるらしい。そのうち十人ぐらいは亡くなっているようだ。噛まれないにこしたことはない。


「外国の毒蛇、いないといいですね……」


 言ってからもしかしてこれフラグでは、と気づいて冷汗をかく。まさかな。


「ポチー、ユマー、見慣れない蛇を見つけたら一応捕まえて聞くんだぞー」


 ポチは相変わらず聞いていない。今日は同じ場所なので視点を変える為にユマに行ってもらうことになった。ユマはこちらを見て軽く頭を動かしてくれた。やっぱりユマはイイ子だ。


「また夕方送っていくからなー」

「よろしくお願いします」


 頭を下げて山へ戻った。

 相川さんから今日こないかとLINEが入ったが、タマに聞いたら逃げて行ったので明日向かうことにした。やっぱタマはリンさんとテンさんが苦手なのだろう。


「なぁ、やっぱ苦手なんだろ?」


 と聞いたら盛大につつかれた。図星のようだった。

 いちいち確認してんじゃないわよッ! とばかりについでに蹴られた。痛い。ごめんなさい。でもひどいと思う。

 畑や川を確認する。雨続きだがまだ作物に病気の兆候は見えない。とても助かる。川は相変わらず増水しているがキレイな流れだ。本当は川の周辺がおかしくなっていないかもっとしっかり見回りたいのだが、雨で地盤が緩んでいるのでそうそう歩き回るわけにもいかない。その点ニワトリたちはよくパトロールしているなと思う。タッタッタッタッと駆けるように移動しているからそれほど影響がないのか、それとも何か歩き方のコツがあるのだろうか。


「周りの家とかも本当は確認しなきゃいけないんだろうな……」


 本来なら梅雨前に解体して処分するべきだった。人が住まないでいると家は荒れる。いろんな動物の住処にもなってしまう危険性もある。


「でもなー、解体も金かかるしなー……」


 結局はそこだ。でも放置してずっとここに住むというのも気分がよくない。


「庄屋さんに相談するか」


 ニワトリたちの予防接種といい、全ては梅雨が明けてからの話だ。


「なーんか寂しいな……」


 タマは側についていてくれる。ユマほど近くはないが、離れすぎてもいない。なんというか、距離感がわかっているというかんじだ。


「俺、今日後は家の中点検するけどタマはどうする? 外見回ってきてもいいんだぞ」


 タマは聞いていない風で、ツン、と首を明後日の方向に動かした。うちのニワトリたちは俺のことがよほど心配なようだ。頼りない飼い主でごめん。


「タマ、いつもありがとうなー」


 ツン、として聞かないフリだ。でもタマには優しいところもある。これがいわゆるツンデレというやつか。


「タマって、ツンデレ?」


 また盛大につつかれた。つかなんでツンデレなんて言葉の意味がわかってるんだよ。あれか、なんかそういう雰囲気か?

 家の中の点検をしていたら桂木さんからLINEが入った。


「すいません。タツキが食べてしまったようなんですが、この柄って毒蛇ではないですか?」


 食べ残しだという蛇の尾の写真が添付されていた。


「ええー……」


 そんなこと言われても。あとでおっちゃんが来るから見せるとして、俺は「確認して連絡します。多分早くても夕方以降になると思います」と返した。

 毒蛇騒動はなかなか終わらないようだった。

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