27.獣医さんに会いに行くと言ったらニワトリが逃げてった。なんでだ?

 爬虫類の予防接種はあるか否か。ただあったとしても体長が2mぐらいあるドラゴンさんとか、体長が3m以上ある上半身が女性の大蛇とかが受けるわけにはいかないだろう。怪獣大集結でテレビの取材を申し込まれてしまうかもしれない。

 もしかしたらうちのかわいいニワトリたちにも取材が……。

 勘弁してほしい。うちのニワトリを見世物にするなんて論外だ。

 松山さんのところへ行くのに手土産に悩んでいるという話を相川さんにしたら、果物の詰め合わせはどうかと言われた。男性だけだとそれほど喜ばれないが、女性や子供は喜ぶという話だった。さっそく酒を抜いた次の日、相川さんとN町へ行って果物の詰め合わせを買ってきた。さくらんぼが出回ってきている。もうそんな時期だったかと季節を感じた。


「相川さんて、本当によく気が付きますよね」

「……山暮らしってやることは多いんですけどほぼ一人でしょう。だから頭の中がヒマなんですよね。考えすぎることも多いですが、いろいろ思いつきやすくはなっていると思います」


 頭の中がヒマか。俺もそんな風になれたらいいなと思う。

 町へはユマが同行してくれた。軽トラを隣同士に停めたせいか、車に戻るとリンさんと何やら話しているような光景に出くわした。リンさんが助手席でユマが何故か運転席にいるような状態である。両方とも窓を開けていたのでそんな風に見えたのだろう。


「女子同士、仲がいいといいんですが」


 相川さんが笑って言った。うん、仲良きことは美しきかな。

 いつもお世話になっているからと大粒のさくらんぼを相川さんに渡した。


「こんな気を遣わなくても……。でもリンが喜びます。ありがとうございます」


 やっぱり女子は甘い物に目がないのだろうか。ちなみに自分用にと買ったさくらんぼを試しにニワトリたちに食べさせたら、全部食われた。味覚があるかどうかは不明だけど、甘い物っておいしいよなと遠い目をしてみた。

 そのまた翌日は養鶏場に向かう日だ。予防接種をさせたいとは話してあるが、まずはニワトリを診てもらわないことにはなんともいえない。というわけで今日は獣医さんに診てもらうのがメインである。

 で、ニワトリたちに軽トラに乗ってもらおうとしたら。

 ポチが逃げた。

 軽トラの準備をしていたらツッタカタッタッターと木が密集している方へ走っていってしまったのだ。


「えええ」


 いや、医者に診せるとは伝えたけど予防接種の話とかしてないし。それとも何か動物的な勘でもあるのだろうか。


「おーい、ポチー! 出かけるってば! 戻ってこーい!」


 木々の影からかろうじて顔が覗いている。


「タマ、ユマ、どうにかならないか?」

「ナラナイカー」

「ナラナイネー」


 え?

 なんか今「ならないねー」って言ってなかったか。俺はまじまじとタマとユマを見つめた。

 いつまでもこうしていてもしかたない。今回は診察だけだから諦めることにした。


「ポチー、次は絶対一緒に行くんだぞー! 留守番よろしくなー」


 ポチのとさかが上下した気がした。了承したように見えたがたぶんきっと、次も連れて行けないかもしれないな。本気で逃げられたら捕まえられないし。注射以外で予防接種できないかどうかしっかり聞いてくることにしよう。

 タマとユマ、手土産に果物の詰め合わせを持って松山さん宅を訪問した。


「こんにちはー」

「佐野君いらっしゃい」


 出てきたのはおばさんの方だったので、手土産をすぐに渡したら顔がパァッと明るくなった。


「あらあら、まあまあ気を遣ってもらっちゃって。もう、気にすることないのに~」


 先日煎餅を持ってきた時とえらい違いだ。女性の全てが果物好きではないかもしれないがこれはけっこう使えると思う。相川さんグッジョブ!


「佐野君こんにちは」


 養鶏場の方から松山さんともう一人知らないおじさんがやってきた。


「こんにちは。ご連絡いただきありがとうございます」

「いやいや~、僕も興味あったしね」


 松山さんの後から来たおじさんは目を丸くしていた。


「いやあ……これはまた大きいですね……」

「佐野君、こちらは獣医師の木本さん。木本さん、こちらがそこの大きいニワトリの飼主の佐野さんです」

「初めまして、S町で獣医をしている木本です」

「佐野です。よろしくお願いします」


 S町というと村の南にある山を越えていった先にある町だ。西にあるN町よりも大きい町だった気がする。白髪の多い、人の良さそうなおじさんだった。


「三羽と聞いていましたが……」

「すいません、一羽は……何か察したのかどうしても捕まえられなくて……」

「放し飼いしているんでしたっけ? この大きさじゃしょうがないかなぁ。松山さん、お宅で身長と体重、簡単な診察だけさせていただいてもいいですか?」

「はい、かまいませんよ」


 松山さんのお宅にお邪魔して、土間をお借りすることになった。


「ブラマ(世界一大きなニワトリ)より大きいよねぇ……110.3cmと。重さが……7.82kg……けっこう重いね……尻尾の分かな。この尾は爬虫類系だよね……恐竜の先祖返り? 口開けられる? うわぁ……すごい歯だね。噛みつかないでね~。こんなの見たことないよ。すごいなぁ……論文とか書けそう。はい、終りです。おとなしくていい子たちですね」


 木本先生はパッパッと手際よくタマとユマを診ると俺に向き直った。つかまた身長伸びてないか?


「ニワトリに似てるけど羽毛恐竜みたいだね。ニワトリ用の予防接種してもいいけど、何か起きても自己責任になっちゃうかなぁ……」

「そうですか……飲水接種とかあるとは聞いたんですけど」

「飲めるから安全ってわけじゃないんだよ。生ワクチンだからね。ただ不活化ワクチンだからって安全性が高いともいえないんだ。四種混合を一度受けてもらって様子をみてもらうかんじかな。受けた方が病気の心配はしなくてすむかもしれないけど、あくまで普通のニワトリ用だからね……」

「そうですよね……」


 タマとユマを眺める。ユマがコキャッと首を傾げた。かわいい。


「相談してみます」


 ポチにも話はしないといけない。うちのニワトリたちは俺たちが話していることを理解しているように思えるのだ。だからちゃんと話をした方がいいと思う。その上で受けさせたい。ワクチンを接種することで病気を避けられるなら幸いだと俺は思う。自然免疫がどうのなんていう話は人間同士でやっていればいいのだ。

 その日も鶏料理をごちそうになった。うまい。絞めたばかりの鶏うまい。タマとユマに睨まれていた気がするが無視した。うまいものには逆らえない。

 後日改めてS町の木本先生の病院を訪ねることにした。

 山は、梅雨の時期を迎えようとしていた。

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