9.西の山のイケメンはリア充でした。爆発しろ。

 イケメン相川さんの下の名前はショウではなかった。いや、漢字も違うけど。けっしてイケメンでリア充とか許すまじ! とか思っていたわけではない。ないったらない。

 真っ暗な中でもイケメンってわかるってすごい。髪は少し長めだった。チャラそうな男って村の人たちが言っていたけど、確かに見た目はチャラそうだった。


「あの、こんな夜更けにどうしたんですか?」


 時間的にはそれほど遅くはないが辺りは真っ暗である。実家に住んでいた時と比べると夜更け感が強い。


「あー……その……うーん……なんて言ったら……」


 相川さんは言葉を濁した。すごく言いづらそうである。なにか事情があるのかもしれないと思い、ふと相川さんの背後を見てぎょっとした。


「……ひぃっ……うわあああっっ!!」


 思わずその場で尻もちをついてしまった。だって相川さんの後ろの木になんか髪の長い……。相川さんは俺の様子を見てから振り向いた。


「あー……うん、これは怖いですね」


 彼にも俺が見た物が確認できたらしい。なんでそんな平然としているんだ。ここはあれか? 実は平家の落人が住んでた集落とかで幽霊が出るとか? そんなこと聞いてないよー! おっちゃーん! 説明してー!

 と、心の中で盛大にツッコミを入れていたのだがあまりの恐怖に声も出ない。俺の目の前にポチとタマが陣取り、すぐ横にユマがいなかったら泣いていたかもしれなかった。情けなさすぎるって? ほっとけ。


「リン」


 ズズッとまた重い物を引きずるような音がした。相川さんはなんと長い髪の主に近づき、その髪を優しく払った。すると肌の白いキレイな女性の顔が現れた。これって……。


「すいません、うちのが驚かせてしまったようで」


 相川さんが苦笑して言う。女性はペコリと頭を下げた。遠目でも美人だとわかるが、なんか第一印象は蛇みたいだなと思った。失礼だから言わないけど。


「あ、いえ……」


 俺はまだガクガクと震える足を無理矢理動かし、どうにかその場で立った。立った! ク〇ラが立った! な心境である(意味わからん。ハ〇ジはCMで知ってア〇ゾンプライムで見た。リアルタイムでは見ていない)

 それにしてもこんな夜更けに女性がこんなところに……しかも隣山の人が、って。

 ピンときた。これはもしかして痴話喧嘩ってやつではないだろうか。やっぱリア充爆発しろ。骨は海へ撒いてやる。


「ええと、特に何もなかったなら俺はこれで……」


 わざわざ下りてきたけど、これぞまさしく骨折り損のくたびれ儲けというやつだ。


「お騒がせしてすいませんでした。明日はいらっしゃいますか?」

「はい、います」

「では明日改めて伺います。……あ、スマホ……」


 どうやら慌てて出てきて忘れたらしい。俺もだった。なんかあった時助け呼べないじゃん。ヤバ。

 ちょっと冷汗をかいた。


「俺も忘れてしまって……」


 お互い苦笑した。


「じゃあ昼過ぎにお伺いします」

「あ、ハイ……」


 イケメンはけっこう丁寧だった。それにしてもなんで道路を使わずに山の中へ戻っていったんだろう。道路使うと遠回りだからかな。でもこんなよく見えない中じゃ危ないよな、と思ったんだけど、相川さんたちはどういうわけか流れるような動きで闇の中へ消えて行った。ズズッ、ズズッという重いものを動かすような音はいつのまにか消えていた。


「……なんだったんだろうなー?」

「ダロウナー」

「ダロウナー」

「ダロウナー」


 ニワトリたちののんきな輪唱に笑ってしまう。やっぱりニワトリたちがいてくれてよかったとしみじみ思った。

 それはやっとの思いで家にたどり着いた時も同じだ。帰りが上りってかなりキツイ。一人だったら心が折れていたかもしれない。山の中は涼しくて寒いぐらいだったが、俺は汗だくだった。


「あーもー……せっかく風呂入ったのにー……」


 でもこのまま布団に寝転がりたくない。家の中に入ろうとしたら玄関でニワトリたちが俺をあっちこっちからつつく。これはいつものことだ。けっこう見えないところに葉っぱとかごみとか虫とかついているらしい。どっから蚊が入ってきたんだろうと思うとたいてい自分の身体について入ってきていたりする。だからいつもなら家の前で可能な限り服をバサバサしたりするのだが今日はもう疲れて怠った。おかげでかなりニワトリたちにつつかれてしまった。虫は食べてくれるので毛づくろいされてる感が強い。

 お風呂のお湯はさすがに入るには冷たいなと思ったので身体を拭くだけに留めた。追い焚きをしてもいいが汗を流すだけなのでやめた。ガスもったいないし。身体を拭く前にユマが髪をつついててくれたからキレイになっているはず……だと思いたい。

 羽があっちこっちに跳ねてファンキーな状態になっているポチの羽を撫でつけながら俺は呟いた。


「あー、疲れた……」

「ツカレター」

「ツカレター」

「ツカレター」

「お前らが言うな」


 笑ってしまう。それにしてもあのイケメン、誰かに似てるなと思ったらアイドルの亀〇和也だった。雰囲気が、って感じなのできっと横に並んだらやっぱ違うってなるのかもしれない。まぁ横に並ぶ機会なんてないだろうけど。暗い中だったからそう見えたのかもしれないな、なんて思いながらその日は寝た。

 翌朝は起きたのが少し遅い時間だった。思ったより疲れていたらしい。ふくらはぎがなんか痛い。筋肉痛のようだった。


「あ、いてててて……」


 最初にここに来た時よくなったものだ。最近は慣れてきて忘れていたが、慣れない夜道をふもと近くまで走ったことで身体が悲鳴を上げたらしい。


「今日はどこ手入れするか……」


 サボるのは簡単だがその代償は大きい。暖かくなってきたことで植物の伸びが早いのだ。GWだから麓近くを見回ることに決め、昨日の残りのごはんを食べた。

 さあ今日も戦闘開始だ。

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